CBDで再起

「藤田さんどうしよう」

 警察官が帰った翌日、早朝に藤田の家を訪れた健人。


 健人は久しぶりに落胆していた。それもそのはず、二人で大切に育てていた大麻が、伐採されてしまったからだ。


「健人、なんとか口裏を合わせられたようだな。よかった」

 藤田は部屋で呑気に煙をふかしていた。


「なにを呑気に煙草なんて吸ってるんだよ。って煙草じゃないねこれ、アロマかなにかか...」


「さすが健人、すぐ気付くのな。この間髭さんにもらったんだよ」

 笑いながら煙を吐く藤田。


「そんなことより、伐採されちゃったじゃん。どうするの」

 健人は焦っていた。


「大丈夫だよ、仕方なかったんだ。どのタイミングで建設が始まるか分からなかったし、なんなら一番最悪なタイミングで警察も来たよな」

 藤田は笑っていた。


「なに笑ってんだよ。俺たちこれからどうすんのさ」

 健人は怒っている。


「まあまあ、そんなに熱くなるなって。ちゃんと考えてるって」

 藤田はやけに余裕だった。


「大麻がなくなったのに、その余裕はなんなの」


「いいから一回座れよ」

 藤田が健人をソファに座らせる。


「今回は柿沼とのいざこざもなくなったわけだし、なんとか平常運転に戻れる策も準備できたぞ」


「新しい策ね。藤田さん俺さ、今回の件で柿沼に仕返しできると思ったんだよね」

 健人は一瞬悲しい表情をした。


「健人は柿沼に復讐したいのか」

 藤田は真剣な顔になる。


「復讐か。柿沼が直接手を下したわけじゃないのは分かってるんだけどさ。心の奥底では殺してやりたいと思ってるよ」


「おまえの目と親父さんを奪ったのは、柿沼だもんな」


「でも『復讐からはなにも生まない』、それはなんとなく分かってはいるんだ。お母さんが復讐を望まなかったようにね」


「なるほどな。俺もクラブで桜庭を見つけた時、復讐心に囚われたよ。あいつのせいで親も悲しませたしな」


「藤田さんは、桜庭と対峙してどんな気持ちになったの」


「俺か、俺は桜庭に対して『哀れみ』を感じたよ。あいつに何があったのか知りたくなった」


「哀れみか...。俺の気持ちもこの先変わるのかな」


「どうだろうな。それはこれからのおまえ次第じゃないか」


「うん、そうだね」


「健人いいか、よく聞け。次の商品は『CBD』だ」

 藤田は空気を換えるべく、自慢げに言った。


「CBDってなに」

 健人は聞く。


「これだよ、さっきから俺が吸ってるこれ。CBDってのは、カンナビジオールのことだ」

 健人が藤田に渡されたそれは、鉄でできた細い筒状の物だった。


 吸い口にはガラス容器がついていて、その中に蜂蜜を連想させる液体が入っているそうだ。初めて触る形状に、健人は困惑した。


「余計分からないよ...」

 健人が”それ”を触っている間、藤田が説明を始めた。


「大麻から抽出される化合物の一つで、最近若者の間で注目を集めてるんだ。大麻ってのはハイになる成分の『THC』を含んでるんだが、CBDにはそれがない。つまりCBDではハイにならないんだ」


「ハイになる成分がないのに人気があるの」

 健人は、吸い口であるガラスの部分に触れていた。


「CBDが注目されている界隈は、健康やウェルネスの分野だ。『素敵なライフスタイルを歩みましょう』みたいな分野だな」


「なるほど。それだけだと美容的なものなのかなと思うんだけど...」


「まあそんなところだろう」


「CBDには、どんな作用があるの」


「例えば、痛みや炎症、不安やストレスの緩和。睡眠の向上などが言われている。接種方法も様々で、オイルやカプセルとして飲んだり、クッキーに混ぜて食べたり、クリームやローションにして肌に塗ったりもできるんだぜ」


「そんな使い方まであるんだ」


「とにかくそれ、吸ってみろよ。これは『べイプ』って呼ばれる形だな」


 健人は吸い口を確認すると、口を付け吸い込んでみた。


「うわ、いい香り...パイナップルみたいな、ジェラートみたいな。紙で巻いている大麻と違って、独特な香りもないし、口の中の臭いも気にならない。凄い吸いやすい」


「だろ。これは試作品なんだが、今後正式に発表しようと思ってる。サイトは一度閉鎖したけど、また新たに開設するぞ」


「じゃあ麻衣の協力が必要だね」


「そうだな。また明日くらいには麻衣に連絡できると思う」


「麻衣に会うの久しぶりだな」

 健人が言う。


「そんな久しぶりでもないだろ」

 藤田は笑っている。


「一週間くらいは空いたでしょ」


「一週間っておまえ、恋人じゃないんだから」

 藤田が言うが、健人が黙り込む。


「え...おまえと麻衣、できてるのか」

 藤田は目を丸くした。


「で、できてるって、そんなわけないだろ」

 健人は照れながら体をくねらせた。


「おまえ...キモイぞ」

 藤田は引いた。


「失礼だな。ところでCBDは、大麻と違って体感は違うよね」


「だいぶ違うな。CBDに関してはリラックスがメインになってくるからな、少しすれば分かると思うぜ」


「いや、もうなんとなく感じてきた。大麻の時のハイになるって感覚と違って、体の力が抜けてフワフワする感覚。温泉に入ってまったりするあの感じ」


「おお、的確な表現だな」


「大麻はサウナで整う感じに似てるなって思ってたけど、CBDの体感はまた別だね。日常の中のどこにでもあるような、リラックスの感覚を簡易的に引き出せると言うか...」


「確かにその例えが分かりやすいかもしれない。強くない体感だからこそ、一般の人にもウケるんだろうな」


「逆を言えば、大麻を吸ってる人には体感が弱く感じてしまうかも...」


「まさに。大麻や幻覚剤なんかが好きな人にはあまり好まれないかもな。ただ、上手な使い方が分かってる人たちは、ハイになり過ぎた時の抑制として吸ったりするんだ」


「なるほど...俺たちはそこを責めるわけね」


「御名答。俺たちはこれから癒しを提供するぜ。しかもCBDは日本でも合法なんだ」


「え、そんなことあるの」


「ある。CBDに関しては、厚生労働省が許可を出してるんだ。大麻の成分だからと言って、怪しいものだなんて認識は、ジュラ紀並みに古いからな」


「怪しい...」


「本当だよ。厚生労働省のホームページを読むと、『大麻草の成熟した茎や種子のみから抽出されたCBDを合有する製品については、大麻取締法上の「大麻」に該当しません』と記載されてる。まあ、製品を輸入する前に、麻薬取締部においてその該否を確認しているともあるがな。しっかりと国の手続きに沿って輸入することが大切だ」


「違法な物を売ってた人が良く言うよ」

 健人は笑っている。


「おまえもだからな」

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