伐採と家宅捜索

 解散してから数日、健人には普通の日常が戻ってきた。警察が来る気配もなく、健人の周りは静まり返っていたのだ。このままなにもなければいいと願っていたある日、思いもしないことが起きた。


「なんの音だろう」

 健人が外の騒音で眠りから覚めた。


 窓を開け耳を澄ますと、重機の音が響いているのだ。


「うちに警察が来る前に伐採が始まったんだ...。藤田さんのところには、警察が来たのかな」

 健人は窓を閉め、慣れた手つきで珈琲を淹れた。


 このまま伐採が続けば、半日で大麻は刈られてしまうだろう。藤田と健人の努力の結晶はあっけなく消えてしまうのか。健人は珈琲を飲みながら考えたが、現状の打開策が導き出せない。考えている間も雑草を刈る音が消えず、とうとうお昼になってしまった。

 音が聴こえなくなったのを確認すると、健人は窓を開ける。職人たちが昼休憩に入るかと思っていたが、帰り際にラーメン屋に行こうという会話をしていた。昼前に大麻は伐採されてしまったのだ。健人が窓を開けながら放心状態でいると、インターホンが鳴る。健人が玄関の方へ歩くとドアの向こう側から声が聞こえた。


「山崎さん、いらっしゃいますか。警察です」

 とうとう警察が来たのだ。


 最悪なタイミングで現れた警察に、健人は動揺していた。同時に藤田のほうはどうなったのか考えたが、今は気持ちを落ち着かせることを優先する。

 普段から当たり前のように生活出来ているが、今この瞬間だけは事故直後のように振舞わなければいけない。警察の目を欺くためだ。


「はい。今出ます」

 健人はぎこちなくドアを開けた。


「こんにちは。こういうものです」

 お決まりのセリフから、目の前の警察官は警察手帳を出したものと思われる。


「(玄関の前には三人。三種類の臭いと、三つの気配を感じる。感覚でしかないが、三人とも男だと言うところまでは分かる。いや、確実に男だ)」

 健人は心の中で推理を始めた。


「えっと...」

 ところが健人は、いつも以上に大袈裟に見えない素振りを見せる。


「あ...警察です」

 察した警察は不自然な自己紹介をした。


「警察の方がうちになんの用でしょうか」


「令状がありまして、読み上げさせていただきます」

 警察官は丁寧に令状を読み上げる。


「あなたには大麻取締法違反の疑いで令状が出ています。家の中を調べさせて頂いてよろしいですね」

 警察は言う。


「令状...身に覚えがありませんが、協力できるのでしたらぜひ」

 そう言った健人は、警察官を家の中へ招いた。


「この部屋にはお一人で住んでるのですか」


「はい、そうですが」


「なるほど。普段はどういったお仕事をなさってるのでしょうか」


「こんなナリですから、仕事なんてできませんよ。生活保護を受けてます」


「そうでしたか。家の中の物調べさせて頂きますね」

 健人に質問しながらも、警察官三人は家宅捜索を続ける。


「どうぞ」

 健人はリビングの椅子に腰かけた。


 警察官たちは、お風呂からトイレの隅まで調べ、母の部屋の襖を開ける。部屋の掃除は藤田に任せていたが、この部屋の捜索に関しては正直緊張していた。いつどのタイミングでこちらを見てくるか分からない健人は、出来る限り自然な顔で椅子に座っている。匂いの心配はないだろう、なぜなら健人の嗅覚は、その辺りの人より優れているからだ。


「山崎さん、こちらは...」

 警察官の声がした。


「どうしましたか」

 健人は立ち上がり、途中わざとらしく躓きながら母の部屋へ行く。


「こちらの仏壇も調べさせて頂きたいのですが、よろしいでしょうか」

 警察官は母の仏壇の前にいるらしい。


「勿論です」

 

「ありがとうございます。故人を利用して犯罪を犯す人も、増えてきているんです」

 

「故人を利用だなんて、なんて罰当たりな。今回僕に令状が出たのですよね。まったく覚えがないのですが...」

 健人は藤田のお父さんの事を思い出しながらも、とぼけた返答をする。


「令状が出たからといって、必ずしも逮捕になるとは限りません。今回はネット上での購入履歴を辿って、こちらにもお邪魔したのですが...」

 警察官たちは必死に証拠を探しているようだ。


「こちらにもと言いますと...」

 健人は聞いた。


「いえ、お気になさらないで下さい」

 警察官は失言をしたようだ。


 この調子だと、藤田の家にも確実に警察が来ているだろう。藤田がどのような話をしたのかは分からないが、ここはうまく乗り切るしかなかった。


「いくら探してもなにもないと思いますよ。こんな私になにかできると思いますか」


「なにかの間違いだった可能性が十分にありますね。スマホやパソコンはお持ちではないですか」


「パソコンはありません、見えませんから。スマホでしたらこれを」

 健人はポケットからスマホを取り出す。


「中身を拝見したいのですが」

 健人はスマホのロックを解除した。


 警察官がスマホをいじると、早口の音声が再生される。健人が愛用している便利な機能だ。慣れれば慣れるほど早口になるが、聴き取れる。


「ううん...証拠となりそうな物はなにも出てきませんね」

 健人のスマホの操作に苦戦している警察官は、諦めた顔で健人にスマホを返却した。


「お隣の藤田さんとのご関係を、お伺いしても宜しいですか」


「藤田さんですか。たまに廊下で挨拶をする程度です。私自身、人とのコミュニケーションが苦手でして...」

 この返答は賭けだった。


 藤田と健人の関係を、どのように話すかを決めていなかったのは、失敗だった。祈るような気持ちで発言したが、失言してしまっては藤田も健人も危うい状況になるだろう。心臓が口から飛び出してしまいそうなほど鼓動し始め、健人は冷静さを失いそうになってしまった。


「...藤田さんも同じようにおっしゃってました。ご近所同士で、なるべく助け合えると良いですね。長い間失礼致しました。こちらの勘違いだったようです。申し訳御座いません」

 警察官が謝罪をした。


「いえ、こちらこそお騒がせしました。大きな声で言えないのですが、このアパートの隣はヤクザの事務所になっているんです。そのせいか、よく警察の方がいらっしゃってる部屋もあるようですよ。例えば101号室とか」

 健人は、藤田の下に住む住人の話を持ちかけた。


「なるほど、ご協力感謝致します。では、私たちはこれで」

 健人の部屋になにもなかったことを確認すると、警察官たちは足を揃えて部屋を後にした。

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