別れ

 健人の話を聞き終えた三人は、唖然としていた。


「なぜ、おまえがその話を知ってるんだ」

 髭さんは驚いていた。


「なぜって、お母さんが話してくれたから。山奥で発見されたのは、お父さんだったって」


「え...なんで健人のお父さんが殺されなきゃいけなかったの」

 麻衣が聞く。


「ボスの機嫌を損ねたからだろう。ただそれだけだ」

 髭さんはバーチェアに腰かけ言う。


「おい、健人。ボスってこの間来た奴なのか」

 藤田が健人に言った。


「そうだよ。あいつが柿沼だよ」


「冗談だろ。知ってて付き合ってるのか」


「全部知ってるよ。でもあいつに頼るしかなかったんだ。お父さんが居なくなった時、俺はまだ子どもだった。お母さんが外で働ける時間も、場所もなかったんだ」

 健人は話を続けた。


「そんな時に、俺とお母さんの前に柿沼は現れた。何も知らなかった俺たちは、まんまと柿沼に騙されてアパートに引っ越してきたんだ。少しの間住ませてやるってさ」


「健人は、柿沼の前ではなにも知らないフリをしているのか」

 藤田は聞く。


「そんなところだよ。犯人だった運転手も結局行方不明だし、柿沼を恨んだところでどうにもならないからね」


「当時の社長には相談しなかったの」

 麻衣が割って入った。


「俺はその社長がどんな人かは良く知らないけど、もしかしたらお母さんは相談してたかもしれない...」

 健人が言う。


「それ...俺です」

 髭さんが突然手を上げた。


 三人の口がと開く。


「え...」

 健人が声を漏らす。


「髭さんっぽくない...」

 三人の中で一番驚いていたのは、健人だった。


「あの時の俺は社長業でむしゃくしゃしてたんだ。めちゃくちゃ若かったしな」

 髭さんは頭を掻きながら、恥ずかしそうに言う。


「髭さんって健人のお母さんと付き合ってたんだろ」

 藤田が聞く。


「付き合ってたというか、一緒にいたというか。自然とそういう関係になったというか...」


「髭さんは本当に黒いセダンのこと知らなかったの」

 麻衣が言う。


「知ってたさ、当たり前だろう。ただあの時は口止めされてたんだ」

 髭さんは俯く。


「髭さん、俺は髭さんのこと責めたことなんて一度もないよ。お母さんからは、髭さんのいい話しか聞いたことないしさ。お父さんが殺されるなんて思ってなかったんだろ」

 健人が言う。


「あの時のボスは選挙活動を控えていたんだ。もちろん当選するわけないんだけどな。評判を少しでも落とすことに危機を感じたんだろう。だが、まさか山崎が殺されるなんてな...」


「当時のことはもういいんだ。お母さんと一緒に乗り越えた壁だから。問題は今だろ」

 健人は力強く言った。


「そうだな。問題は今だ」

 藤田も同調した。


「乗り越えたはずの壁をまた建てることになるけど、数年越しに柿沼に痛い目を見せてやれるのは、気持ちいかもしれない」

 健人はワクワクしていた。


「ボスに痛い目を見せるって、おまえら正気か」

 髭さんは心配そうだった。


「で、どうするの」

 麻衣が聞く。


「今やれることは全部やった。俺たちはアパートに帰って待機しよう。警察が来ても俺と健人がなんとかする」

 藤田が言う。


「うん」

 健人は頷いた。


「警察がここに来たら俺もシラを切るからな」

 髭さんはカウンター内に引っ込んだ。


「俺らも一旦戻ろう」

 藤田がそう言うと、その場を解散した。


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 健人の部屋に到着した三人は、話し合いの続きを始めた。このまま警察がくれば裏の雑草を調べ、柿沼を逮捕まで追い込むことができるのか。それとも替え玉として下っ端が現れるのか。それとも、ハメられたことに気付いて自分たちの誰かが消されてしまうのか。

 だがここまで来てしまったら、柿沼をハメるほかなかった。最後までシラを切り通し、隠し通さなければいけない。


「今は話し合いをしてもなにも解決しない。後は警察が来るのか、このままなにもなく時間が経つのを待つかしかない。とにかくみんな、事が収まったらまた再会しよう。再会の合図は健人に任せる」

 藤田は言う。


「はい、またみんなで再会出来る日を楽しみにしています」

 麻衣は名残惜しそうに部屋を後にした。


「藤田さん、もし俺のところに警察が来たら、うまく話をつけるよ。あいつらきっと俺の部屋で大麻を栽培していたなんて思わないさ」


「だろうな。俺は警察署に連れて行かれるかもしれないが、証拠不十分ですぐに釈放されるだろう。まあ、またすぐに再会できるさ」

 二人は固い握手を交わすと、藤田も部屋を出た。


 まっさらになった部屋の真ん中には、綺麗なクロスが敷かれたテーブルがある。整理整頓された部屋には塵一つなく、母の遺影は健人を優しく見守るように輝いていた。

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