健人の過去 父の行方

「轢き逃げをした犯人が分かるかもしれない」

 父が母に言った言葉だ。


「どういうことなの」

 母は聞く。


「君らを轢いた奴は、会社の一員の誰かだろうな。あの社長は、なにかを隠してる」


 父の予想では社長は犯人ではないとしていた。なんの根拠もないが直感がそう言っていったそうだ。それならば誰なのか。父は会社に在籍している間に犯人を捜すことにした。この会社に犯人の存在を絞った理由、それは健人が入院中の三週間の間にあった。


 会社の名前は「CAR キャッスル」。父の仕事内容は車の洗車だった。車を売るのは上司の仕事で、客を捕まえてくるのは社長の仕事だったのだ。この会社をまとめている人間には会ったことがなかったが、噂によると還暦を迎えたお爺さんだそうだ。下っ端の洗車作業員ではお目にかかることもできないと言う。


 健人の入院中、無心に働いていた父だが、その時に洗車していた黒いセダンに違和感があった。なぜか黒いセダンに関しての顧客情報は知らされず、早急に洗車をしてほしいというのだ。妻が言っていた車の特徴は、これと同じ「黒のセダン」。これだけの情報があれば十分だろうが、他にも怪しい点は多々あったようだ。


 凹みが修正されている部分、会社内のざわつき。当時の母からは轢き逃げされた車の特徴は知らされていなかったため、怪しい車だとしか判断できなかったが、生活が落ち着いてきた今、あの車が轢き逃げを起こした車だということが分かる。黒のセダンが到着した時の会社のざわつき、あのざわつきの理由を社長が知らないわけがないと思ったのだ。


 なのに社長は「黒いセダンなど知らない」と言った。父はこの発言を怪しいと感じたのだ。


 CARキャッスルの社長は、どの社員よりも働く。父が会社を経営していた時とは比べ物にならないくらいだ。伝え方が威圧的になるため下っ端社員には煙たがられていたが、どの社員にも全力で向き合っていた。そんな姿に父は惹かれるものがあったらしい。

 会社に勤め始めて半年、父は数々の情報を集めていたのだが、情報元はCARキャッスルの清掃員。清掃員として勤務して50年の大ベテラン「柿沼」だ。普段はギャンブルに明け暮れる生活をしているらしく、生活費としての給料は少しで事足りるそうだ。


「柿沼さんおはようございます」

 父は出勤し柿沼に挨拶をした。


「おはよう、今日も早いな。子どもの調子はどうだ」

 柿沼は、ほうきを片手に父に挨拶をする。


「生活は安定してきました。暗闇に居ることも慣れたようで、今では家の中をウロチョロしていますよ」

 父は嬉しそうに言う。


「子どもの適応能力は、じじいの俺も見習うものがあるな」


「ところで柿沼さん、俺とうとう犯人を見つけたんです」

 父は真剣な顔をした。


「犯人って、息子の目を奪った奴か」


「そうです」


「そうか、それでどうするんだ」


「犯人を殺してやりたいです」

 父は柿沼の目を見る。


「突然物騒なことを...」

 柿沼は下から睨みつけるように父を見た。


「柿沼さん、あなたこの会社のボスじゃないですか」


 柿沼は黙っている。


「今はタクシーで会社に来られているようですが、あなたがここのボスだとしたら、前に乗っていた車は『センチュリー』で間違いないですよね」

 父の言葉は、早朝の静かな空気を揺らした。


「ここのボスが俺か。なにを根拠に」


「センチュリーがこの工場に来たことを知っていましたよね」


「そうだが」


「センチュリーがこの工場にあったのは、夜間のほんの一時間だけ。午前中に帰宅するあなたが、知る方法はないはずなんです」


「他の社員に聞いた可能性は」

 柿沼が片方の眉を吊り上げた。


「他の社員に聞いていたとしても、なんの問題もありません。なぜなら僕以外の社員は、みんなあなたがボスだということを知っているから」

 父は続けた。


「周りの社員に聞いても分からないわけだ。ここの社員は、新入りにボスの正体を教えるほど馬鹿ばかりじゃない。柿沼さん、あなたの専属の運転手は今どこですか」

 父は核心をついた。


「なかなか鋭いな。君は探偵かなにかかな」

 柿沼は不敵な笑みを浮かべた。


「ただ推理小説が好きなだけです。こんなもの小学生でも分かります。で、専属の運転手「犯人」はどこにいますか」


「死んだよ」

 柿沼は冷徹な顔をした。


 父の耳には「死んだよ」という単語ではなく、「殺したよ」というような意味合いに感じ取れた。


「え...」


「当たり前だろう。この業界ではな、ヘマをしたら神隠しに合うんだ」

 柿沼は、どこかに目で合図を送る。


「神隠しって一体…」


 背後に気配を感じ振り返るが、反応が遅れた父の頭にバットが振り下ろされるのだった。



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 速報です。山奥で、頭部を損傷している身元不明の男性の遺体が発見されました。今入ってきている情報によると、遺体は偶然通りかかった地元住人によって発見され、現在警察が現場検証を行っています。遺体は死後数日経過しており、現場は人里離れた山間部で、普段は人の出入りが少ない地域です。

 警察によると、遺体の発見時には身元を特定できるものは、なにも所持しておらず、特定には時間がかかる見込みで、また、死因についても現在調査中です。

 新しい情報が入り次第お伝えいたします。では、次のニュースです。

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