事前準備

 三人は「Bar Spray」に到着した。バーに向かうまでは特に怪しい人はいなかったが、警戒は怠らなかった。バーの扉を開くと鈴の音が鳴る。


「髭さん、こんにちは」

 藤田は先にバーに入る。


 相変わらずのダブルスーツで、気だるそうに現れた髭さんは煙草を口に咥えていた。


「おお、藤田か。今日はどうした、今月の返済は来週だろ」

 大麻栽培がうまくいってから、髭さんに大麻を渡すことで100万円を分割してもらえることになっていた。


「今日は返済じゃなくて、相談で来たんだ」

 藤田は話を切り出す。


「相談か...って健人じゃないか。二人が揃うところは初めて見たな。なんか新鮮だ」

 髭さんは笑顔になった。


「お久しぶりです。突然押しかけてしまってすいません」

 健人が頭を下げる。


「なんだよそんなにかしこまって。おまえ子どもの頃は敬語なんて使えなかっただろ。で、後ろの女の子は誰だ」

 髭さんは健人の頭に手を置きながら、後ろにいる麻衣を見る。


「麻衣だよ」

 藤田が言う。


「健人の彼女か」

 髭さんはにやつく。


「い、いやそういうわけじゃ...」

 健人の顔が赤くなり、気まずい雰囲気が流れる。


「髭さん、今日はそんな話で来たわけじゃないんだよ。実は『渡辺ジョー』のことで相談があって」

 藤田が切り出す。


「渡辺ジョーって今日捕まった奴だろ。あいつのドラマ面白かったんだけどな、打ち切りだな。で、あいつとなんか接点があったのか」

 顧客のことはなにも知らない髭さんが聞く。


「実は渡辺ジョーは俺の顧客だったんだ」

 藤田は打ち明けた。


「なるほど、そういうことか。手は打ってあるのか」

 髭さんの顔が真剣になる。


「もちろん。前の経験からなによりも慎重に仕事をしていたつもりだからね」


「で、相談ってなんだ」


「相談というか、もう始めてしまったんだけどさ、裏庭に大麻を隠したんだ。さすがに、家の中でどうこうできる量じゃなかった」


「唐突に凄い事するじゃないか。言ってなかったが、裏庭はボスの土地なんだ。最近はめっきり手入れされてなかったが、間もなく工場を建設するような話が出ていたんだぞ」

 髭さんは目を丸くした。


「建設開始日時は詳しく分からないよね」

 藤田は考えていた。


「さすがに、下っ端の俺のほうまでは情報は来ない。その工場でなにをするのかも分からないが、建設工事で雑草は全て刈られて更地になるだろうな」


 髭さんの言葉に考え込む藤田。それを見た麻衣が話し始める。


「今って相当危ない状況じゃないですか。更地になれば証拠は完全に消えるけど、商品がなくなる。建設工事がまだまだ先だったら、警察が調べに来る場合もありますよね。私たちに容疑が掛からないとしても、ボスって人の土地なら大麻栽培の容疑がその人たちに...」


 どう転んでも最悪な状況は変わりない。なんとかならないものかと考えていると、健人が声を出した。


「藤田さん、さっきの作戦の続きを考えたんだ」

 健人は真剣な面持ちになり、話を続けた。


「ボスをハメよう」

 健人は突然恐ろしい事を口にした。


「け、健人。おまえなにを言ってるんだ」

 髭さんは驚き、健人の肩を掴んだ。


「俺は子どもの頃からこのアパートに住んでいた。ボスは俺と母さんの面倒を見てくれていたけど、奴が裏でなにをやっていたか知っているんだ」


 健人は突然昔話をし始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る