危機迫る

 三人で本格的に始まった大麻ビジネスは順調に進んでいた。藤田も健人も今までとはまるで違う生活を送っている。前のように金銭面で困ることがなくなった健人は安定していた。

 そんなある日、眠っていた健人の部屋のドアを勢いよく叩く音がした。


「おい、健人。問題発生だ」

 毎度のことだが、朝っぱらから藤田がやってくる。


 健人は藤田のノックで目を覚まし、眠い目を擦りながら玄関ドアを開けた。


「入るぞ」

 藤田は健人の部屋に入ると、なにかを探し始めた。


「おはよう藤田さん。なにか探してるの」

 健人が言う。


「テレビのリモコンどこにある」

 藤田は聞く。


「テレビのリモコンか。どこにやったかな、最近はテレビなんてつけてないから...」


「あ、あったあった」

 藤田はテレビの裏に転がったリモコンを手に取ると、電源ボタンを押す。


 が、テレビは無反応だ。


「もしかしたら電池が切れてるかも。そんなに慌ててなにがあったの」

 健人が棚の引き出しを開け、手探りで電池を探し始めた。


「朝方テレビを付けたら、偶然ヤバいニュースが流れてきたんだよ」

 藤田はソワソワしながらも、テレビ本体の電源を探していた。


 健人が電池を探し当てるより先に、藤田はテレビ本体の電源を付けた。テレビを付けると、タイミングよく速報が流れる。


「速報です。現在もドラマ俳優として活躍中の『渡辺ジョー』さん、本名『渡瀬仁』さんが薬物所持および使用の疑いで現行犯逮捕されました。警察によると、以前から捜査の対象となっており、最近になって薬物の所持が確認されたとのことです。現場からは違法薬物数点が押収されています。警察は現在、詳細な捜査を進めており、本人からの具体的な供述を待っている状況です」

 女性ニュースキャスターは、スタジオから現場に中継を繋げる。


「渡辺ジョーってうちの顧客だよね」

 電池を探す手を止めた健人が言う。


「そうだ。今テレビに映ってる現場も、俺が手押ししに行ったマンションだ」


「ヤバいじゃん、どうする」

 健人が藤田に言う。


「少し忙しくなるが、こんな時のための作戦がある」

 藤田が健人の方を向くと、スマホの着信音が鳴った。


 藤田のスマホ画面には、『麻衣』の文字が。


「もしもし」

 藤田は電話に出た。


「藤田さんおはようございます。ニュース見ましたか」

 麻衣は焦っているようだった。


「見たぞ。大変なことになったな」


「なにか手を打ってあるんですか」


「一応準備はしておいた。それがうまくいくかは天に任せるしかないが」

 藤田は言う。


「分かりました、一度私もそっちに行きます。待っててください」

 そう言って麻衣の電話は切れた。


 藤田と健人の生活が変わってゆく中で、部屋の大麻の鉢の数も増えてきていた。この大麻が藤田たちにとって財源であり、資産なのだ。なんとしてでも守らなければいけない。


「藤田さん、この部屋の大麻は廃棄しないとだよね」

 健人は怯えを含めた声で言う。


「この量を廃棄するとなると、相当なダメージだ。今後復活するのにどれほどの時間が掛かってしまうか想像もできない。健人、不安だろうが、俺を信用してくれ。髭さんへの返済もまだ残っているしな」

 藤田は健人の不安を取り除こうとしていた。


「藤田さん、一回髭さんに相談しに行こうよ」

 健人は藤田に提案した。


「そうだな。麻衣が到着したら顔を出してみよう。それまでに健人にはやってほしいことがある」

 藤田は健人を諭すと大麻の鉢の前まで来て、新聞紙を横に広げた。


 なにをするのかと思うと、藤田は大麻を鉢から丁寧に取り出し始めたのだ。根っこに絡まっている土は掃わずに、用意した新聞紙の上に置く。


「健人、大麻の根に土はついたままでいい。全て鉢から出したら新聞紙の上に置いてくれ。新聞紙は窓側に敷いておく」

 藤田は手に着いた土を掃いながら言う。


「わかった」

 健人は、足の裏で窓際に敷かれた新聞紙の位置を把握し、大麻の幹を握りながら土にスコップを刺した。


 大麻を鉢から新聞紙の上に移動する健人。新聞紙の上に置かれた大麻は、藤田がベランダに持って行く。すると、そのままベランダから身を乗り出して、雑草が生い茂る空き地に落下させたのだ。落下させた大麻は、背の高い雑草たちの中に溶けていく。一見何の変哲もない雑草の集まりなため、素人の目なら簡単に誤魔化せるだろう。ものの数分で全ての大麻を溶かし切ると、いつもより部屋が広くなった。


「部屋が広くなった気がする。全部ベランダに出したんだね」

 健人が両手を広げながら言う。


「いや、ベランダから下に落とした」

 藤田は床に広がった新聞紙をまとめながら言った。


「え...落としちゃったの」

 健人の顔は曇った。


「大丈夫だ。窓の向こうには背の高い雑草が一面に広がっているから、その中にうまく隠れたよ」

 藤田はベランダに置いてあったで、部屋に散らばった砂を片付けた。


「そんなことで本当にごまかせるかな」

 健人は尚も不安そうな表情だ。


「これだけで終わりじゃない。これからが勝負だぞ。素人の目は誤魔化せるだろうが、マトリの目はそう簡単に誤魔化せない」


「マトリって、麻薬取締官だよね。じゃあどうするの」


「健人には演技をしてもらう」


「演技なんてできないよ」

 健人は勢いよく首を横に振った。


「できないじゃなく、やってもらわないといけない。この作戦がうまくいかなければ、おまえも麻衣も俺も終わりだ」

 藤田は言う。


「わかった...やるよ」

 少し考え込んだ健人だったが、すぐに返事を返した。


「大丈夫、そんなに難しくないはずだ」

 そう言って藤田は作戦の説明を始めた。


「渡辺ジョーが元々取引していたのは桜庭たちだったが、直近でSNSで連絡を取っていたのは俺だ。実際、警察の手がいつこちらにくるか分からない。SNSでの取引など簡単に足がつくからな」


「藤田さんのスマホ危ないんじゃ...」


「だな。だが、スマホでのやりとりは基本的に電話でしていたし、健人たちとのメッセージなどは残ってないと思う。念のため飛ばしのスマホを使っていたし、俺はこれを処分するだけでなんとかなる」


「飛ばしってなに」

 健人が聞く。


「飛ばしスマホってのは、他人や架空の名義で契約されたスマホのことだ。飛ばしなんて言ってるが、俺のは死んだ父親のスマホだがな」


「なるほど。でもそれって元を辿ったらバレちゃうんじゃないの」


「手元にあればバレるだろうな。マトリもそんなに馬鹿じゃない。だからスマホを完全初期化して、紛失したことにする。粉々にしてドブにでも捨てれば大丈夫だろう。なによりも大切なのは、俺らは完全にシラを切ることだ。なにも知らないと言い続けろ」

 藤田は続けた。


「栽培はこの部屋でしていたし、俺の部屋にはなにも証拠がない。警察がSNSを特定したとしても、俺の手元にあるスマホにはデータがない。事前に調査されていたのであれば、俺らの関係性は疑われるだろうが、万が一健人の部屋に来たとしても、お前はシラを切るんだぞ」

 流暢に作戦を話す藤田には、バレない自信があるようだ。


「藤田さんを信じるよ。それしか俺にはできないから」

 健人が言う。


「そんなことない。健人が居なければ俺たちはここまでうまくいってないだろう。おまえの才能は素晴らしい...」


 二人で作戦を話し合っていると、突然チャイムが鳴った。心臓が止まりかけ、恐る恐るドアの覗き穴に目をやる。


「麻衣だ」

 藤田は振り返り健人に言った。


「なんだ、麻衣か。驚いた」

 健人も胸を撫でおろした。


 藤田が鍵を開けると、不安げな表情の麻衣が姿を現した。


「藤田さん、どうしますか」

 麻衣は息を切らしながら言う。


「麻衣、安心しろ。もう手は打ってある」

 藤田はそう言って、麻衣を奥の部屋へ案内した。


 麻衣は部屋が空になっていることを確認し、ベランダから大麻を落下させたことを聞く。作戦の話になると、急いで自分のスマホを確認し、証拠になりそうなものがないかを確認していた。


「...とりあえず私のスマホには、証拠になるような内容はないです。健人のスマホは大丈夫だったの」

 麻衣は健人に言った。


「俺は大丈夫だよ。メッセージなんてほとんど使わないし」

 そう言って、健人はスマホをポケットから出した。


「そういえば健人ってスマホをどうやって触るんだ」

 藤田が聞く。


「それよく聞かれるんだよね。最近は徐々に声でも入力できるようになったけど、基本的に画面をタップすると音声が出るようになってる。慣れるまで難しかったけど、タップの仕方だったり、タップする指の本数なんかで操作できるんだよ」


 そう言って健人はスマホをタップし音声を出す。慣れた手つきで操作する姿は、さすがとしか言いようがない。しかも音声が二倍速のように聞こえるのだ。


「健人、こんなに早くてなにを言ってるのか分かるのか」

 藤田が聞く。


「ああ、確かに早いよね。でも俺たちみたいなのは他より耳がいいんだよ」

 健人は得意げにスマホをポケットにしまった。


「俺には真似できないな。さあ、二人とも準備しろ。髭さんのところに行くぞ」


 そう言って三人はバーに向かった。

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