第三章 異変
二か月後...
「おい、どうなってる。なぜ売上が減ってるんだ」
クラブのVIPルームでソファに深く腰掛ける桜庭は、部下に詰め寄っていた。
「申し訳ございません。原因は今調べているところでして」
部下の一人は頭を下げながら答える。
「今から調べるだと。これだけ売上が減っていたら、もっと早い段階で気付くはずだろ」
桜庭はさらに詰める。
「申し訳ございません」
「あのな、謝るだけならガキでも出来るんだよ。どうするのかって聞いているつもりなんだけど、分かるかな」
桜庭はソファから立ち上がる。
「い、今すぐに原因を調べに行きます」
部下の声は震え、脂汗を噴き出す。
「だよな。すぐに行動だよな」
桜庭は、部下の髪の毛を掴むと首を後ろに反らせた。
「すいません、すいません」
天井に向けて放たれる部下の声は、首を反らせているせいでかすれていた。
「とっとと行け」
桜庭は、部下の耳に容赦なく怒号を食らわせると、そのままドアに向かって投げ飛ばした。
部下は、一度桜庭のほうに振り返り頭を下げると、走って部屋を後にする。
「そういえば麻衣はどこに行ったんだ。あいつ長い間来てないよな」
桜庭は後ろを振り返り、別の部下に聞く。
「確かに見ていませんね。麻衣の件も一緒に調べさせます」
部下はそうゆうとスマホを取り出し、さらに別の部下にメッセージを送った。
「どいつもこいつも使えねぇな」
桜庭は苛立ちを隠しきれず、道を塞ぐローテーブルを蹴り飛ばす。
テーブル上のグラスや、皿に盛り付けられた食べ物が大きな物音を立て床に散乱すると、桜庭は煙草に火をつける。
「また派手にやってるなぁ」
桜庭が貧乏ゆすりをしていると、何者かがドアを開け部屋に入ってきた。
「おまえ、鈴木か。出てきたんだな」
桜庭は煙草を灰皿で押し潰した。
「今朝な。誰も迎えに来ないから見捨てられたかと思ったぜ」
鈴木は言う。
「そんなわけないだろ。すまなかったな、今馬鹿どものせいでバタバタしていて」
桜庭は鈴木と呼ばれる男に近付き、肩を叩く。
「なんかあったのか」
「売上が先月あたりから減っているんだよ。原因は今のところ不明なんだが」
桜庭は腕を組み、考える素振りを見せる。
「別に売人が出てきたかもな。なにか心当たりはないのか」
鈴木はにやつく。
「最近出所してきた藤田ってやつがいるんだけどな、このクラブでハッパを売ってやがったから、気絶するまで痛めつけてやった。そのくらいじゃないかな」
「最近出てきた藤田...その藤田は、俺の知っている藤田と同じかもしれない」
鈴木は驚いた表情をしている。
「なんでそうなるんだよ。もしかして一緒の刑務所だったとか」
桜庭は冗談交じりで言う。
「そうかもしれない」
鈴木はそう答えると、一瞬頭を抱えた。
「まじかよ、どんな関係だった」
桜庭は興味本位で聞く。
「親友に裏切られたかなんかで、すごいつらそうだったから、出所間際で仕事を紹介してやったんだ」
鈴木はそうゆうと、近くのソファに腰かけた。
「その親友は、俺の事かもしれない」
桜庭がボソッと言う。
「まじかよ。でも痛めつけたって言ってたじゃないか」
驚いた鈴木は、一度座ったソファから勢いよく立ち上がる。
「痛めつけたさ。あいつのことは昔からいけ好かなかったんだ」
桜庭は、ソファに腰かけながら手に顎を乗せていた。
「ただの喧嘩じゃないようだな。このまま縄張り争いになると面倒だ。場所は分かるから、今度は俺が痛めつけにいくよ」
鈴木は、食事用のテーブルナイフを手に取ると、そのまま部屋を出るため入口まで歩いて行く。
「待てよ」
桜庭が鈴木を止める。
「なんだ」
鈴木も足を止め、桜庭のほうに向きなおした。
「あいつは、藤田は、たぶん力で屈服させることは出来ない。藤田の代わりに探し出して、連れてきてほしい奴がいる」
桜庭はそう言うと、鈴木に耳打ちする。
「わかった。そいつを探し出してここに連れてくる」
鈴木は不敵な笑みを浮かべた。
鈴木がクラブを出ると、太陽の光が傾いていた。
「暗くなる前に一度おっさんのところに行くか」
鈴木はタクシーを捕まえると行先を伝え、「Bar Spray」へと向かった。
到着するや否や、雑居ビルの階段を駆け上がって行く。
「おい、おっさん」
鈴木は「Bar Saray」の【closed】の看板を無視し、扉を勢いよく開ける。
カウンターの奥から、恐る恐る顔を出す髭さん。
「お、なんだおまえか。今日出所だったのか」
髭さんは嬉しそうな顔をした。
「そう、誰も迎えに来なかったけどな」
鈴木はまだ根に持っているようだ。
「まぁそんなこともあるさ。それよりおまえが紹介してくれた藤田っていただろ。相当仕事ができるよ。おかげさまでうちも安泰だ」
「それはよかった。藤田は今どこにいるかわかるかな。出所祝いで会いたいんだよね」
「藤田か。藤田なら裏のアパートの201号室に住みこんでるよ」
「ありがとう」
それを聞いた鈴木は、髭さんに背を向けバーを出た。
急ぎ足で裏のアパートに向かうと、さっそく201号室の部屋の前に立つ。一呼吸置き、ドアノブに手を掛けようとしたその時だった。
突然隣のドアが開いたのだ。
「あ、今日はそちらの方は留守にしていますよ」
隣の部屋から顔を出したのは麻衣だった。
「そうですか。失礼ですが、あなたとのご関係は」
鈴木が聞く。
「え、友達ですけど...って突然なんですか」
麻衣は咄嗟に『友達』と言う言葉を発してしまったが、鈴木の事を怪しんだ。
「友達ですか。いつ頃帰ってくるか分かりますかね」
「いえ、知りません。私急いでいるので」
麻衣はそうゆうと小走りで階段を下り、道路まで走った。
そして、いつものようにタクシーを待っている時、目の前に白いバンが止まった。後部座席のドアが開くと背中を何者かに強く押されたのだ。その勢いのまま車の中に押し込められる麻衣。大声で叫び抵抗するも、完全に閉められたドアの内側では何も意味をなさなかった。
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