第一章 早朝の笛の音
木枯らしが吹く早朝の街路を、白い息を吐く少年が走り抜けた。少年は大きな鞄を大切に抱えている。
「止まれっ」
野太い警官の声とともに、甲高い笛の音が街に木霊する。
少年は一切の反応もせず、全力で足を動かした。
「こんなところで捕まってたまるか」
少年はビルとビルの隙間に飛び込んだ。
そこはゴミの山と、高くそびえ立つ金網。
「クソ、行き止まりだ」
少年は一度登ろうと思ったが、金網が高過ぎ断念した。
金網から飛び降り、引き返そうと体の向きを変えたがもう遅い。目の前には三人の警官が待ち受けていた。少年は肩を上下に揺らしながら警察官を睨む。
「行くぞ」
息を切らした警官が、同じように息を切らした少年の腕を掴んだ。
パトカーに乗せられた少年は、ばつの悪い顔をした。
「この鞄の中身見るぞ、いいな」
少年を挟むように座る警察官の片方が言った。40代くらいの運転席側の警官だ。
「はい」
少年は、窓から覗く空を見つめ小さく返事をする。
勢いよく鞄のジッパーを開けた警官は驚いた。なぜならその鞄には大量のお札が入っていたからだ。
「とりあえず署で詳しく話を聞こう」
警官たちは少しの沈黙の後、ゆっくりとジッパーを閉じたのだった。
連行された少年は、署にて事情聴取を受けていた。
「だからこれは俺の金じゃないっての」
少年は声を荒げ机を叩く。
「桜庭君、じゃあいったいこのお金は誰のものなんだ」
警官は桜庭少年を冷静に睨む。
「藤田って奴のだよ」
桜庭少年は咄嗟に親友の名を出した。
「なんで藤田さんの金を君が持っているんだ」
警官は鋭い目を桜庭少年に向ける。
「藤田に頼まれたんだよ、この金を預かってくれって。最初は断ったんだ、どうせ汚い金だろうし」
桜庭少年は俯き加減に答える。
「汚い金とはどういう意味だ」
「あいつ大麻の密売をしてるんだ、だから一旦この金を俺の家にでも隠したかったんだと思う。今年一番の売上だって言ってたし、言うことを聞かないと痛い目にあわせると脅されたんだ、俺怖くて」
桜庭少年は拳を握り、歯を食いしばると泣き出した。
警官は泣いている桜庭少年の話を聞き、入口付近にいる警官に目配せした。するとその警官はなにかを感じ取ったのか部屋から出ていく。
「桜庭君、藤田さんの家に案内してくれるかな」
警官は立ち上がった。
「はい」
涙を服の袖で拭う桜庭少年は、反論する様子もなく素直に返事をした。
警察署を出た桜庭少年は、覆面パトカーと呼ばれる捜査車両に乗せられ藤田の家へと向かう。警察署から五キロほど離れた場所に、藤田の住むアパートがあった。
「桜庭君、先に行ってインターホンを押してくれるかな」
運転席からこちらに振り向いた警官は、桜庭少年に言う。
桜庭少年は、無言のまま捜査車両から降りアパートの階段を上がった。そして、一番奥の部屋のインターホンを押すとドアが開いた。
「よお桜庭、金の入った鞄知らないか。今朝から全然見当たらなくて」
寝ぐせで寝巻の藤田少年は、眠い目をこすりながら桜庭少年に聞いた。
「鞄はおまえが俺に渡したろ」
桜庭少年は、何かを隠すように下を向きながら言う。
「は、渡してねえよ」
藤田少年は、桜庭少年の突然の発言に目を皿のように丸くした。
「覚えてないのかよ、昨日の夜俺のことを脅して、鞄を隠すように言ったろ」
桜庭少年は、はっきりと目を見てそう言った。
「なんのことだよ、おまえ一体どうしたんだ。とりあえず入れよ」
藤田少年は、からかうように笑う。
「いや、入らない」
桜庭少年は藤田少年に背を向けた。
何処かに合図を送るような仕草を見せると、アパートの鉄骨階段を男達が上がってきた。
「藤田君だね、私達は警察のものです。家の中を調べさせてもらってもいいかな」
警官達は我先にと、体を揺らしていた。
藤田少年は、突然の出来事に言葉を失う。
桜庭少年とは、中学一年の入学式の日に、席が隣だということだけで仲良くなった。授業中はノートを見せ合っていたし、授業を抜け出し学校の屋上で夢についても語り合った。二人で悪いことも沢山したし、高校受験の時だってお互いを鼓舞しあった。好きな女の取り合いはしたが、喧嘩が喧嘩のまま終わることはなかったし、桜庭少年は藤田少年にとって唯一の親友だったのだ。
この時、藤田は桜庭に裏切られたのだ。
藤田少年の家からは大麻栽培の道具、喫煙具、顧客名簿などが発見された。大量の証拠品が押収されたのだ。
「行くぞ」
警官が藤田少年の腕に手錠をはめた。
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アパートから警察署に到着した藤田少年は、取り調べを受けていた。
「藤田君、桜庭君はこう言っているけれど本当かな」
警官は落ち着いた口調で質問する。
「はい、本当です」
藤田少年は、警官の目を真っ直ぐに見つめる。
「桜庭君と一緒に栽培していたわけではないのね」
警官も藤田少年の目を見つめる。
「はい、全部俺がやりました」
藤田少年は淡々と答えるが、警官には見えないところで血が通わなくなるほど拳を強く握りしめていた。
「分かった。この後色々な手続きをするから少しだけ待っていてね」
警官は席を立ち、取調室を後にした。
取調室のドアが閉まり、一人になった藤田少年は静かに憤怒していた。
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