第3話3・二つ名を得た話


 数日後の晩、アンピリオンが家にやって来てその日の内に帰って行った。

 普段なら寝顔だけでも子供達の顔を見て帰るが、その日はしなかった。


 終始、メーネは泣いていた。


 この世界にはアルカスの様に特別な能力を持った者達がいる。

 そういう者達を『神に愛されし者』と言う。

 ひとえに『愛されし者』と言っても大まかに3種類あり、

 神の敬虔な下僕になる事で力を与えられた者。

 神が気に入り、自分のモノにしたいが為に力を与えられた者。

 神に見初められた者から生まれた者。

 前者の2つは成人後に力を与えられるモノで、後者は子供の頃に力が芽生えるモノとされていて、アルカスは後者だと思われている。


 『神の子』を無闇に罰せられないと、怪我をさせた事に音沙汰がなかったのは良かったのだが、村人は腫れ物を触る様な態度を取るようになった。

 アンピリオンも他人の子供に接しているかの様な態度に変わってしまった。


(そりゃそうだろうな)


 とアルカスは思う。

 妻が寝取られて、それが国王でも足元に及ばないくらい上位な存在で、恨む事も出来ない上に子供まで落としていったとなると心中察しても余りある。

 そう考えたらアンピリオンはとても真摯に接している方だと思える。

 メーネは神と通じた事を否定しているが、

雨粒になってでも思いを遂げようとする様な神なので、メーネの意志も認識も説得力がない。


(とんでもない奴だよウゼスは)


 幸いレピーに力の兆しがないので、アンピリオンの愛情を受けられている。



 メーネはアルカスを愛してくれている。

 だが、アルカスが触れようとすると拒絶し、レピーに触れようものならヒステリックになる。


「ごめんなさい。あなたが悪いわけじゃないのよ」


 そう言って自らはアルカスを抱き締める。


(これが呪いなのか?だったら絶対抗ってやる)


 アルカスはやさぐれる事なく今まで以上に明るく元気に振る舞い、力加減を研究し、率先して村の力仕事をこなして行った。

 その甲斐あって、また村人に受け入れられ始める。




 15才直前。成人も間近だと言うのにアルカスは体型が13才から変わらない。


(成人て言ってもまだ成長期だし、これからっしょ)


 そう言い聞かせながら1月に1度行っている狩りに向かっている。

 普通1人での狩りは成人してからなのだが、力は充分なアルカスは特別に2年前から許されている。

 狙うは鳥や兎などの小動物。

 鹿みたいな大物はよっぽど安全だと思えない限り狙わない。

抵抗されると怖いから。

小動物ですら1発で仕留められないとビビってしまう。

猪の様に襲ってくるものなんてとんでもない。

 彼の怪力で倒せるかも知れないが。


 小動物は敏感なので、気配を消してあまり移動しないで潜む。


(今日はダメかなぁ)


 急に空が曇りだし小雨が降りだす。

 春に入ったばかりの雨は体が冷える。


(戻りながら雨宿り出来る所探すか)


 立ち上がり、振り返ると大きな熊が居た。


「うわわぁぁ!」


 突然の事にアルカスは尻餅を付く。


(なんで?!気配すらなかったよ?!)


 冬眠明けの熊は空腹で気が立っている。

 熊が目を覚ます時期なのは知っていたが、気配と息遣いで襲われる前に気が付くと高を括っていた。

 アルカスの怪力なら応戦するか、逃げる隙を作れるかも知れないが、それよりも恐怖が勝って動けなかった。

 熊は前足を振り、爪がアルカスの胸を引き裂く。


(痛い、痛い、痛い)


 あばら骨にまで傷が付く。

 熊が牙を剥いている。

 それに喰われる痛みの中で絶命するくらいなら、その前に意識を失いたいと願う。


「でも、死にたくないよ‥‥」

「お主は死なんよ」

「?」


 突然、熊が人語を喋り出す。


「お主には不老不死の力を与えたからの」

「その声、ウゼス?」

「そうじゃ。久しいのう」


 襲いかからんとする熊にそぐわない緊張感のない喋り方。


「お前の仕業なのか」

「半分そうで、半分成り行きじゃよ」

「なんでこんな‥‥」

「お主が1つ目の呪いで改心せんかったからのう」

「1つ目?」

「愛する者に触れられないであろう?」

「やっぱりあれは呪いだったんだ。じゃぁ僕はお前の子供では無いんだな?」

「違うは! 確かにメーネは魅力的なオナゴじゃからお主を見て、嫌気が差した時の目の保養にはしておるがな。レピーも将来が楽しみじゃ」


 ゲスい。こんな奴の子供でなくて本当に良かったと、血が足りずに動けない体で思う。


「本当に死なないのか?」

「ああ。死なんよ。今後成長もしないし死にもしない。」

「こんなに血が出て、痛いのに?」

「治癒の力は与えておらんからな。自然に回復せん限り延々そのままじゃ」


 自然回復する様な怪我とは思えない。


「じゃが、チャンスをやろう」

「チャンス?」

「この後、この熊を倒してみよ。さすれば1度だけ傷を癒してやろうて」

「動けないのに?」

「喋れてるなら動けるじゃろう? 心持ち次第じゃよ。何もしなければ喰われるだけじゃろうのう。喰われても死なないとはどういう事なのか少し興味はあるが‥‥」


 熊が笑った様に見えた。その笑顔が消えると急にうなり出す。


(くそ、くそ、くそ)


 熊はアルカスに覆い被さり、顔によだれを垂らす。


(やらないともっと痛いよな)


 喰われても生きているとか想像出来ないが、良い方に転ぶとは到底思えない。

 そうなってウゼスの好奇心を満たしてやる気になんてとてもなれない。


(くそ野郎が!)


 アルカスは怒りで自分を奮い立たせ、熊の胸に腕を突き刺した。

 内にある、弾力のあるモノを掴むとそれを握り潰す。


  べしゃ


 熊は血を吐き、横に倒れ込む。

 そこに1羽の鳥が飛んでくる。


「一撃とは見事じゃの」


 鳥からウゼスの声。


「約束だろ、傷治してくれよ」

「ああ、良かろう。そして、傷が癒えたら我に祈りを捧げるが良い」

「祈り?」

「忠誠と邪神討伐を誓うのじゃ。さすれば治癒の力も与えよう」

「治ってから考えてもいいですか? もう頭が回らない‥‥」


そう言い終える頃には意識を失った。



 アルカスが目を覚ますと横に熊の死骸が横たわっている。


「やっぱ夢じゃなかったなぁ」


 服は裂けているが傷は綺麗に治っていた。


「祈りたくないな‥‥」


 あんな痛い思いをまたしたくない。

 ウゼスに忠誠を誓う気にもなれないが、それよりも闘いたくないが先に立つ。


(とりあえず帰ろう)


 アルカスは今回の収穫とも言うべき熊を担いで村に帰った。



 村では熊を狩って帰った事でお祭り騒ぎになる。


「1人でこんな大きな熊狩るなんて!」


 村人からの評価がまた上がり、村を代表する人物に成りだしていると思えた。


「熊殺しだ。『熊殺しのアルカス』だ!」

(ダサいな。でも悪い気はしないなぁ)

「みんなに振る舞いたいんですけど、誰か捌けますか?」

「おお、任せとけ。毛皮は大事な戦利品だから後で届けるよ」

「ありがとうございます。そしたら母にお願いします」

「お兄ちゃん!」


 レピーとメーネも駆け付ける。


「凄い!お兄ちゃん凄いね!」


 そう言って抱き付くレピー。

 今でも妹に触れられないアルカスは両手を頭の後ろで組み、メーネを見る。

 普段なら心配そうな顔をするメーネが微笑んでいるだけで何だか嬉しくなる。


「お兄ちゃん、カッコイイよ」

「ありがとう」


 このままこの幸せを噛み締めていたい。

アルカスはそう思った。


(このままこの村でスローライフを送ろうかな)


 ウゼスの事は忘れてしまった様だった。

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