「極めて平凡」ーポチ
1
人生十八年。これが私の信条であった。
すれ違う歩行者と何度もぶつかりそうになりながら、川沿いの舗装された道を歩く。風が水面を撫で、傾斜のきつい土手を乗り越えて逆側の坂を下ってゆく。私を横切りせわしなく運ぶのは、遠い夏の残り香だ。道の両脇に茂る草葉をぼんやりと眺めていると、また別の歩行者と衝突しそうになった。いっそ転がり落ちてしまえば楽だろうか。
「えー、なんでー」
「ほら、そっちは走ってるお兄さんたちいるからね」
母親らしき女性が幼い子の手を引いて通り過ぎる。不意に話しかけられたような錯覚を得た自分を恥じ、馬鹿げた妄想を急いでかき消したが、あとには一抹の寂しさが残った。私は独りぼっちだ。靴底を伝わるアスファルトの感触が冷たい。子供たちの笑い声が遠のいていく。ふらふらと覚束ない足取りで歩いていると、肉体を必要としなくなった魂が風に溶け込み、私は生を捨てて初めて世界の一部になれるような気がした。
「ええのう、元気があって」
「ほんとねえ」
談笑している老夫婦の傍にあった5円玉ほどの石ころに躓き、危うく転倒しかける。滅多に外出しないせいで、歩き方すら忘れてしまった。目の前にいる二人の方が健脚そうだ。私は変に見えているだろうか。
昔から、どこへ行っても異物だった。普通であることが幸せだと、心の底から信じて疑わなかった。あの頃の私でさえ、若者という大きな枠組みの中に収まっていたのだろう。それを思い返すいまの私は、もはや何者でもなくなっている。
息を切らして駆けてくる人。汗を流して駆けてゆく人。いつしか世界の進むスピードも早まっていることに気が付いた。だんだん周囲との差が開き、取り残されていく。幾分か世界と交われたように思ったが、単なる陶酔に過ぎなかったらしい。影だけが私のあとをついて来る。一定のリズムで地面を蹴る音と、彼らの激しい息遣いは相変わらず響いているものの、今はなんだか芝居じみて寂しく聞こえた。
太陽は沈むときが一番速い。それはきっと心の引力だ。あの地平線のもう少し先で、誰かが夕焼けを欲している。私の番は終わりなのだ。もう一年も長く生きてしまった。そろそろ潮時なのかも知れない。
2
しばらく直線の道を行くと、川が湾曲する辺りに差し掛かった。やけに風が冷たい。日が暮れれば、照り輝いていた景色は薄暗く滲み、生き生きとしていた植物たちは青白く萎れる。引き返すべきだ。しかし、半ば自暴自棄になっていた私は止まらなかった。両の足は勝手に歩み続けてゆく。脳がそれを咎めることもない。別れを告げるように振り返ると、工場や街の灯がずいぶん遠くに揺れて見えた。
最期の旅だ。少なくとも家を出てから3時間は放浪している。持ち物はといえば、左のポケットに入れた家の鍵くらいで、体は今にも浮かび上がりそうなほど軽い。惰性で動いていた手足も震え始め、力を失って進まなくなる。夜を迎えるには、あまりに薄着なのだ。水も食料も足りていない。ここで息絶えるのか。悟った途端、隠れていた恐怖が首をもたげた。私は愚かだ。やはり心では死を恐れている。計画性の無さや幼稚な自棄より、この臆病さが図抜けて愚かだ。耳鳴りがする。助けを求めることもできない私の代わりに、渇いた残骸が枯れた声でひたすらに後悔を叫んでいた。
「あぁ……」
視界が白くぼやける。これでは立っていることもままならない。もう駄目かと諦めかけたとき、川のほとりに薄っすらと人の気配を感じた。視線の先の輪郭はおぼろげだが、その姿は釣り人に見える。宵の川で釣りなどする者があろうか。いや、この際何者でも構わない。ただ人が居るという安堵は、私のつまらない虚勢をいとも簡単に打ち砕いた。
土手を転がり落ちるように下り、川縁へ向かう。坂の途中で体のあちこちを打ってしまい、これも決して楽ではなかったと先刻の迷いを内省した。軋む足の関節を庇いつつ、よろめきながら人影を追う。しかし一向に距離が縮まらないのは、影が右往左往しているからだろうか。それとも私が揺れているのか。意識が朦朧としてくる。せっかく希望を見いだせたというのに、ここで力尽きては、僅かに届かない。まだ倒れるわけにはいかないのだ。
その時、唐突に顔を叩くものがあった。何の前触れもない攻撃に、思わず頬のそばを指で確かめると、それは枯れ葉だった。頬の周りだけではない。どこから拾い集めてきたのか、私の体の下にたくさんの枯れ葉が折り重なっている。ちょうど柔らかい所へ倒れ込んだのだ。浅い呼吸を繰り返すうちに、遅まきながら自分の状況を理解した。
「おい、大丈夫か」
背中で声がする。答えられずにいると、今度は声の主が私を揺さぶり始める。私はそれを不思議と穏やかな気持ちで受け止め、赤ん坊のように身をゆだねた。脳裏で男の言葉が反響する中、私はいつまでも濃い秋の匂いに包まれていた。
3
まばゆい光に目が眩む。日が差しているのではなく、見渡す限り延々と白い世界が広がっているのだ。そこら中に溢れた光で物と物との境すら塗りつぶされ、自分が浮いているのか地面に座っているのかも判然としない。私は天国に送られたのだろうか。
「天国ではないよ」
いつの間にか隣に立っていた青年に、あっさりと予想を裏切られた。心を読まれたことも驚きだったが、急に新しい色が現れたことに強い衝撃を受けた。彼の登場は、まさに手付かずのキャンバスに初めて絵の具を垂らしたようなもので、周囲の変わらない白さと比べて不自然なほど存在が際立っている。ただ、おかげで唯一その背格好だけは明瞭に捉えることができた。
「なら、ここは一体」
どこだというのだ。名を尋ねるより早く、私は反射的に訊き返していた。逆に青年の方はゆっくりと振り返り、温かい微笑をこちらに向ける。
「そうだね……ここは、僕たちみたいな人間が来る場所さ」
互いの視線がぶつかり合う。彼の眼は少し悲しみを帯びて美しく煌めいていた。彼もまた私と同じ類のはぐれ者なのかも知れない。
「私はまだ、生きているのか」
「ああ、もちろん。条件さえ満たせば元いた所にも帰れるよ」
帰れると聞いて胸が躍った。無駄なプライドを捨てたせいか、私も素直に命を求めるようになっている。
「何をすれば良い?」
高揚した気分で問いかけたが、彼の答えを聞いてすぐに冷めることになった。
「心から強く、生きたいと願えばいい」
どういうことだ。いま私は、心の底から生きたいと願っている。既に条件を満たしているはずだ。それなのに、なぜ何も起こらないのだろう。深く考えようとしたが、うるさいほどの静寂が私を邪魔した。
「わからない。私は私がわからなくなった」
「気にすることないさ、簡単に帰れるなら僕だってそうしてる」
そこで気が付いた。そうか、あの瞳の憂いは。
「すまない、取り乱してしまって」
「いや、大丈夫だよ」
彼の優しさに触れ、さも自分だけが苦しいという風に狼狽していたことが余計に恥ずかしくなった。きっと彼は、私が来るよりもずっと前から苦しみ続けているのだ。 私は気まずさで話しかけることができなかった。彼が「ちょっと歩くかい」と提案してくれていなければ、二人の間の沈黙はしばらく破られなかったと思う。
「悩んでいるときは歩くのが一番いいよ。僕もよく散歩はするんだ」
その言葉に私は感謝や賛同の意を込めて何度も頷く。やはり彼とは似ているのかも知れない。ただ私と違って、悲しみをこらえて明るく振る舞う術を持っているのが、幾らか羨ましくはあった。
「ありがとう」と答えて恐る恐る虚空に足を踏み出すと、確かな平面の感触がある。
「案外ふつうに歩けるものだな」
「みんなそう言うよ」
青年は少年のように笑った。
「ここは馬鹿みたいに広いからね、人とぶつかる心配もない」
「それは私も大いに助かる」
こうして誰かと話すのは久しぶりだ。状況は決して良くはないが、彼と話しているうちに鬱屈とした気持ちが払拭される。たとえ見知らぬ場所でも、行く先がわからなくても、もう独りぼっちではないということが心強かった。
4
あれから私と青年は、ずいぶん長いこと話し込んでいた。会話の中で彼は「ひとの痛みを知る者は、ひとに優しくできる」と口にしていたが、それは彼自身を言語化したものなのではないかと私は思った。きっと優しさの源には、過去の痛みがある。
「しかし、傷つくことが怖くはないのか」
ふと気になって訊いてみると、青年は少し考える仕草をしたあと、私が案じていた部分について多くを語ってくれた。
「僕も怖いけれど、つらい出来事というのは、次に優しくするための準備なんだ。例えば、暗すぎる話題は耳を塞ぎたくなるだろう。自分の範疇にないものに共感はできないからね。でも、よりつらい経験をすれば、より多くのひとに共感できる。だから僕は逃げずに、受け止めようと思っているんだ」
「なるほど」
この考え方に至るまで、どれほどの傷を心に負ってきたのだろう。彼の美しさが内面にも行き届いていることを改めて実感し、私の胸にはある種の誇らしさと、思わず抱きしめたくなるような愛おしさが同時にこみ上げていた。
「本当に良い人だ。本当に」
「そんなことないさ」
褒めすぎだと言って、彼は照れくさそうに笑った。
「でも嬉しいよ、ありがとう」
そよ風が穏やかに彼の髪を靡かせる。固くなった地面を共に並んで歩きながら、彼こそが道標なのだな、と思った。この先は私も、ひとのために生きてゆきたい。
「なんだか少し肌寒くないか」
「おかしいな、ここには夜なんてないはずだ」
軽い気持ちで尋ねると、青年が顔をしかめた。会話の中でわかった事実だが、彼はこの場所に長らく留まっている間に、季節や昼夜の区別がないこと、そして食事や睡眠をとらなくても健康に影響がないことなどを発見していたらしい。
「何かが起ころうとしている」
彼は珍しく神妙な面持ちで呟いた。どこか遠くを見つめる彼の真似をして、私も遠くに目を凝らす。すると、視界を覆い隠していた霧がだんだんと晴れるようにして、それまで白く塗りつぶされていた世界がゆっくりと薄暗い景色に変わっていき、やがて見覚えのある姿を現した。
「これは……」
あの川沿いの道だ。私が歩いていた道だ。
「ついに帰ってきたのか」
「いや、よく見てごらん。まだところどころ白い」
たしかに青年の言う通り、白くもやのかかった箇所が残っている。人影も白い。しかし、それは未完成の絵というより、完成した絵に子どもが落書きをしてしまったときの跡に似ていた。どうすれば消えるのだろうか。
「えー、なんでー」
「ほら、そっちは走ってるお兄さんたちいるからね」
大小の白いもやが通り過ぎる。私はその声を聞いたことがあった。あの時は寂しい気持ちになったが、今は一人ではないから大丈夫だ。
「行こう」
彼に呼びかけ、再び歩き出す。冷たい感触が靴底を伝わってくる。なぜかこのタイミングで脳裏にちらつく幼い頃の記憶を振り払おうと、私はスピードを早めた。子供たちの、私を笑う声が遠のいていく。もう変わったのだから、昔の自分など見たくはない。
「ええのう、元気があって」
「ほんとねえ」
寄り添う2つのもやの前を颯爽と横切る。もう歩くのには慣れた。長いつもりで放浪していた道も、早足で進めば短い。私たちは先ほどとは打って変わって無言のまま、たくさんのもやが行き交う中を通り抜け、程なくして川が湾曲する辺りに辿り着いた。
「ここかい、話していたのは」
「ああ、そうだ」
土手の上から見えるのは、私が倒れた場所だった。完璧ではないものの、あの景色がほぼ忠実に再現されている。急かされるように歩いて来たのは、この場所に何か手がかりがある気がしたからだ。私が元の世界に帰るための手がかりが。
ただ、これといって目に留まるものはなく、釣り人の姿もない。風は私たちの体を冷やすばかりで、懐かしい四季の香りを運んで来てはくれなかった。
「どうしたのさ」
焦る私を案じて、彼が声をかけてくる。私は首を横に振り、「なかなか上手くはいかないものだな」と答えた。察しの良い彼は「そうだね」と頷いて、それ以上は特に何も言わない。二人して佇んでいると、滲み出る哀愁を悟られまいとする気苦労が、かえって平然を装うのを邪魔した。先に声を発したのは、またしても彼だ。
「危ない!」
彼が叫んだ瞬間、すでに私は宙を舞っていた。雑念のせいか、背後からふらふらと近づいてくる白いもやに気付くのが遅れたのだ。勢いよくぶつかり弾き飛ばされた私は、再び同じ坂を転がり落ちることになった。
5
結局、その白いもやは私だった。
道中で多くの人影とすれ違っていたのだから、そこで気付くべきだった。自分の影が再現されていたとしても別段おかしくはない。同じ場所を目指して進めば、あとから来た方が先に着いた方にぶつかるのは当然のことだ。なぜそんな単純なことが思い浮かばなかったのだろう。現実世界ではないから無傷で済んだが、青年は頻りに心配してくれた。
「大丈夫だ」
何度も同じ言葉を繰り返しながら、彼の手を借りて立ち上がる。白い方の私はというと、左右によろめいて倒れ、枯れ葉の上で消えてしまった。今さら文句を言っても仕方がない。
「この辺りをもう少し探してみるか」
雑草の中には手がかりを見いだせず、切り替えようと川縁に向かう。川の中を覗き込んでみたが、水面に映った自分と向き合うだけだった。
「何か見つかったかい」
「いや、何も」
ため息交じりに答えたとき、ふと奇妙な感覚が私を襲った。やたらと胸騒ぎがするのだ。忘れていたものを急に思い出しそうになるような、迫り来る気配に脳が身構える。その原因が流れる水の音だとわかるまでには、しばらくの沈黙を要した。自然は取捨を知らない。川のほとりにいると、不思議な引力を持つせせらぎに誘われ、哀しい記憶も呼び起こされてしまう。心の奥底にある暗い澱みが、川に近づくことを拒んだ。
「もしや、傷跡を隠していないか」
川を離れようとしたが、彼の声で足が止まった。彼の言葉が胸に刺さり、私は見て見ぬふりができなくなったのだ。本当は、忘れたことなど一度たりともない。脳裏をよぎる記憶の一つ一つが、私が人生を18年で終えようと決めた理由だった。
如何なる時代や場所であっても人々は祈っている。いつだって「死にたい」は「死にそう」なのだ。助かるものなら助かりたい。しかし、簡単には助けを求められない。誰も助けてはくれない、と思いたいからだ。実際、そうあってくれなければ困る。そうでなければ都合が悪い。優しい人がたった一人でも存在してしまったら、自分は世界に拒まれているというのに、世界を恨むことができなくなる。
「かつて私にも、ひとを恨んだ時期があった」
「それでもいいさ」
根が優しい彼には嫌われてしまうかもしれないと覚悟したが、彼は否定しなかった。
「傷跡はあってもいいんだ。同じ傷を負ったひとに共感することで、その傷は無駄ではなくなるからね。やっぱり、また一人誰かに優しくするための準備なんだよ」「……そうだな」
優しくするための準備なのだ。胸に刻み込むように、彼の言葉を反芻する。痛ましくも美しい連鎖だと思った。彼の傷が、いま私の傷を癒して救ってくれている。
「ありがとう」
記憶の至る所に覆い被さっていた瘡蓋が、ひとつずつ剝がれ落ちていくのを感じた。もう傷跡は隠さない。痛みも受け入れて生きていくのだ。
「きっと幸せになれるさ」
「それはそれで悩ましいな。幸せになったら、私は痛みを忘れてしまわないだろうか。少しずつ、誰かに共感できなくなっていくのではないかと不安になる」
「大丈夫だよ。良くも悪くも、傷跡は残るからね」
「そういうものかも知れないな」
私はひどく安心した。大きく息を吐いて周りを見渡すと、辺りにかかっていた白いもやが消えてゆくところだった。今度こそ元の世界に帰れるらしい。
「助かった。一緒に帰ろう」
「いや、僕はここまでだ」
意外にも断るので、私は反射的に「どうして」と訊きかけたが、彼の姿が白く霞み始めたのを見て全てを悟った。
「そんな……」
現実が近づいてくるのと裏腹に、彼の存在が遠ざかってゆく。
「待ってくれ」
「物語は必ず終わるだろう」
彼は申し訳なさそうな顔をして言った。
「それは私もわかっている。それでも」
再び独りぼっちになることを恐れているのだ。私は彼なしで上手くやっていく自信がなかった。久しく枯れていた涙がこぼれそうになる。
「大丈夫、いつか僕もそっちに行くよ。いつか必ず」
最後まで彼は私を気遣うつもりなのだ。ただ、彼自身が消えてしまうのならば、どんな言葉でも慰めになるはずがない。そもそも、彼が一人で帰る方法はあるのだろうか。私が何も返せずにいると、彼は遺言のように続けた。
「たくさん話してくれてありがとう。また逢う日まで、僕を覚えていてくれるかい」
「ああ、もちろんだ。絶対に忘れない」
今度は強い決意を込めて言葉を返した。彼はそれを聞くと、見惚れるほど美しい表情で、しかしたまらなく悔しそうに、「みんなそう言うよ」と苦笑いして消えた。
6
幅の広い石段に寝そべって空を見上げる。この空と、大地と、生が繋がっていた。私は真に世界の一部となることができたのだ。
「おい、水飲むか」
ぶっきらぼうな声で釣り人が呼ぶ。私は軽く会釈をしてペットボトルを受け取り、乾いたままの喉を潤した。長らく飲食していなかったせいで、水が体の内部を通り、胃に染み渡る感覚がよくわかった。
「もうちょい待っとれば来るじゃろ」
私を助けてくれたのは、紛れもないこの釣り人だ。倒れた私を平らな石段まで運び、意識が戻らないのを見て救急車を呼んでくれたらしい。目が覚めたばかりのときは、まだ完全に回復しておらず視界がぼやけていたが、瞬きをしたり目を擦ったりを繰り返しているうちに多少は良くなった。今は空腹の方が気になる。
彼のような優しい人がいるのだから、この世界も捨てたものではないなと思った。きっと今日が私の番だったというだけで、こうした出来事や心境の変化は誰にでも起こりうることなのだろう。そうやって世界は、少しずつ優しくなっていく。死にかけたのは災難だったが、考えてみればそこまで悪い日でもなかったのかも知れないと思った。
「優しくするための準備なのだ」
「なんだそりゃ」
訳が分からないという風に釣り人が顔をしかめる。私も意図せず口をついて出た言葉に驚いた。案外いいことを言うものだ。
私は頼りないから、この先また何度も死にそうになることだろう。しかし、苦しみながらでも、人に助けられながらでも、私は生きてゆく。生きてゆくしかないのだ。そういった日々を積み重ね、人を助ける側になってゆくのだ。
やがて夜が更ける。放浪していた時は鬱屈とした気持ちだったはずだが、あらゆる悩みを誰かに浄化してもらったかのように、不思議と心が軽くなっていた。私の人生は、ここから始まるのだ。救急車のサイレンが近づいてくる。汚れた服には相変わらず秋の匂いが残っており、冷たい風と川のせせらぎだけが私を包み込んでいた。記念すべき日にしてはもったいないほど殺風景だ。それでこそ私らしいという気もするが。
人生19年目。思えば特別なことなど一つもない。極めて平凡な、秋の夕暮れであった。
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