第8話長女、小林千紗
私は半年前から引きこもりになった。あの事件の事を忘れたくても、忘れられない。
半年前、彼氏の田嶋君とデートしていた。
田嶋君は私の買い物に付き合ってくれた。
私が大学1年生の時に彼と出会った。
彼は、運動音痴だし、たまにカラオケに行っても下手。
だけど、外見ではスポーツマンらしいのに、ダメ男っぷりに、惹かれた。
あの日は、2人でアーケード街を歩いていると遠くから悲鳴が聞こえてきた。田嶋君は私を後ろに隠し守ってくれた。
通り魔だ。
犯人は奇声を発し、道行く人達をバタフライナイフでケガを負わせていた。
そして、その通り魔が私たちに近づいた。
田嶋君は膝から崩れ落ち、1人立ち尽くす私にもナイフを向けた。
そこで、気を失った。
私は病室で目覚めた。顔が熱い。
目の前には、家族全員が揃っていた。
「千紗、大丈夫か?」
私はお父さんの言葉を聞かずに、
「田嶋君は?」
と、質問した。
「田嶋君も病院にいるよ」
「田嶋君は私を守ってくれたの」
「千紗のケガが良くなったら会いに行こう」
と、お父さんは言った。
お母さんはずっと泣いていて、健太は黙っていた。それから、二週間後、顔の包帯が取れた。
鏡を見て、私は絶句した。左目の下から唇まで、縦に切り傷が残っていた。
私は泣きわめいた。この傷は生涯消えないらしい。
私は、病室から出て田嶋君を探した。どこにいるのか分からなかった。
病院の中の図書室で、二週間前の新聞を読んだ。
危険ドラッグ中毒者が通り魔殺人を犯した記事を読み始めると、大学1年生田嶋秀樹君が搬送先の病院で死亡した。と載っていた。
私は、田嶋君が命をかけて私を守り死んだ事を直ぐには理解出来なかった。
自分の病室に戻ると私は涙が枯れるまで泣いた。
これが、私を引きこもりにさせた原因である。
私はネットゲームをする事で、事件を忘れようとしているのではない。
出来る事がネットゲームだけだったからだ。
家族のひきつった笑顔は見たくない。
私は家族が寝ている時間にシャワーを浴びる。でも、鏡に映る自分の顔のキズを見るたびに嗚咽した。
食事は有りがたく食べた。
私は田嶋君との写真を見る度に、生きる気力を失っていく。
それでも、お腹は減ってくる。
田嶋君が命をかけて守ってくれた、この私の命。
私は、泣いてばかりいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます