第3話父、小林一郎②

一郎は金森に、語り始めた。

「うちは、ごく一般的な家庭だったんだ。カミさんが仕事で帰りが遅くなる時は、千紗が夕飯作っていたんだ。それは、それなりに旨かった。健太も部活帰りで7時くらいに帰宅すると、風呂の前に晩御飯だった。オレは千紗が別に作ってくれた、つまみでビールを飲むのが楽しみでね。9時くらいにカミさんが帰宅すると、千紗はカミさんと2人で晩御飯を食べるのが日課だったんだ。大学に通い始めても、そのルーティーンは変わらなかったた。が起こるまでは。オレは千紗をもっと良く見ているべきだった。一度、千紗が初めて彼氏を連れて来たが、オレは挨拶だけして、居酒屋に行った。どうしても、彼氏に娘を奪われるのが厭でね。だが、あの時、彼氏が居なけりゃ千紗は今はあの世だ!千紗は大きな代償を払ってしまった。今の千紗を作ったのはオレなんだ……」

金森は、ハイボールをごくりと飲み、

「小林、そう思うな!小林は良くやってるよ。家庭がそんななのに、会社では明るくて、お客様相談室も上手く回ってるじゃないか?千紗ちゃんは時間が解決してくれるって。健太君もお姉さん思いで、朝晩ドア越しに、おはよう、ただいま、おやすみなさいを続けてるんだろ?きっと時間が解決してくれるさ」


「へい、お待たせ。もつ鍋二人前ね」

居酒屋夜明けの大将が運んできた。

一郎は芋焼酎のお湯割りを飲みながら、もつ鍋をつついた。

金森はマルボロを咥えていた。

彼は、一郎と同期だが係長になった。もっと上を目指すそうだ。だが、一郎は主任なんて役職は必要ないと考えているタチなので、一生現場でいいと考えている。

金森はいいヤツだ。会社で一番信頼し、プライベートでは良き親友なのだ。

千紗が引きこもり、ネトゲばかりするようになって半年経つが正直どう接していいのか分からない。あの事件さえなければ。

夏美は千紗がクレジット払いで課金するため、ぶつぶつ言いながらも、千紗を愛し早出と日勤のみのシフトにしてもらっている。夜勤は、家族が心配でたまらないらしい。


一郎と金森は会計し、各々代行運転を利用し帰宅した。

そして、一郎はカバンをソファーに投げ、2階に登った。ドア越しに部屋の千紗に語りかける。

「千紗、無理に部屋から出てくる必要はない。気が向いたら部屋を出てきて、顔を見せてくれ。あの時は悪かった。大事な千紗が彼氏に奪われるのが厭で、居酒屋行っちゃった。千紗と同じだ。父さんも現実逃避してたんだ。ちゃんと、晩御飯食べるんだぞ。じぁな、おやすみ」


「健太、お前来年3年生だろ?進路は決めたのか?」

健太は夏美か剥いたリンゴをかじっていた。

「決めているよ」

「何の仕事、目指してるんだ?」

「臨床心理士。お姉ちゃんみたいな人を助けたいんだ」

夏美は今にも泣きそうだった。

「健太は優しいのね」

「優しいかは分からないけど」

「父さん頑張って働くから、大学受験頑張るんだぞ!千紗だって二年前までは有名国立大学に入学したんだ。今は休学中だがな。ここはみんな力を合わせて苦難を乗り越えよう。父さんシャワー浴びてくる」


家族はテーブル会議を解散した。


夜中、3時。

千紗の部屋のドアが音を立てずに開いた。

彼女は夕御飯の皿をキッチンで洗い、シャワーを浴びた。


洗顔し、泡をシャワーでながすと左目付近から口唇まで一本のキズあとが現れた。

その顔を見ると、千紗は嗚咽した。


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