第2話父、小林一郎

小林一郎は文房具を製造、販売する会社の営業3課の主任を勤めている。始業時間の30分前に会社到着し、自販機でコーヒーを買い喫煙所でハイライトを吸っていた。ベンチに腰掛け考え事をしていると、

「オッス、小林。おはよう」

一郎が顔を上げると、同期で係長の金森武幸だった。

「ん、おはよう」

金森はパーラメントに火をつけて、エナジードリンクを飲みながら喫煙していた。

一郎はエナジードリンクを見て、僕にも翼を授けて下さいと思った。

「どう、最近は?」

と、金森が尋ねると、

「この歳だから、ご無沙汰だよ」

「何、頓珍漢な事を言ってるんだ!千紗ちゃんの事だよ!」

一郎は缶コーヒーをすすりながら、

「ダメ、全然ダメ。部屋から出て来ない。俺たち、他の家族がいない時間に、風呂入ったり、着替えたり。もう、4ヶ月、顔見てないよ!」

金森は心配そうに、

「小林、千紗ちゃんはやっぱり、が関係しているのか?」

一郎は、顔を縦に振った。


キーンコーンカーンコーン


「おっと、時間だ。続きは昼休みな?小林」

「うん」


「小林主任、お客様からクレームです」

と、若い女性社員の中川がクレーム対応を丸投げしてきた。営業と言っても、一郎の仕事はクレーム対応なのだ。この中川という小娘はすぐに一郎に丸投げしてくる。

「はい、お電話代わりました、小林です。今日はどのようなお電話で?」

【あんたんとこの、鉛筆の芯は折れやすいって、店の客からクレームが絶えないんだよ!どうすんの?返品するから、それと、賠償してもらうから】

「お客様は確か、北沢文房具様でいらっしゃいますよね?」

【そうだ、それがどうした?】

「弊社は、北沢文房具様には水性ペンしか納品していませんが?」

【何だって?】

「納品書、ご確認して頂けませんか?鉛筆は納品していませんが」

【……悪かった】


ガチャッ!


「何なんだ、あんのくそジジイ」

中川が近寄ってきた。

「小林主任、ありがとうございます。これどうぞ」

「何これ?」

「のど飴です。今日は多分忙しいと思いますよ」

「やめてくれ、キミ、たまには自分自身で解決してくんねぇかな?クレームの大半は勘違いか嫌がらせなんだよ」

「私、まだ入社3年目だし。小林主任は20年選手じゃないですか。金森係長と同期なんで

すから、若い子のお手本見せて下さいよ。和田さんなんか、電話も取らないんですよ。聞けば主任と同期というじゃないですか?注意するのは私ではなくて、和田さんにお願いします」

一郎は溜め息をつくと、和田の席に近寄った。

「おいっ、和田!」

「……」

「和田っ!」

「……!な、何ですか主任」

「何ですかじゃねえよ!何してんだ?」

「ネットサーフィン」

「ば、バカ者!」

「勘違いしないでよ、私はクレーム対応の勉強してんだから。去年まで、開発部にいたから、クレーム対応は初心者なのっっ!」

一郎は溜め息をつくと、

「今後、電話対応はしなさい。引き出しの中のポッキー見えてるぞ!」


キーンコーンカーンコーン


「さっ、主任、ご飯、ご飯」

和田は社員食堂へダッシュした。

すると、金森が一郎の肩に手をポンポンと叩いた。

「今夜、飲もっか?」

「オレも金森も、自動車通勤だろ」

「代行を頼めばいいじゃん」

「じゃ、いつもの店に予約いれとくわ」

「助かる。じゃ、社食へ行こうか?千紗ちゃんの話しは居酒屋で」


一郎は、夏美にLINEメッセージを送った。

【今夜、金森と居酒屋に行くから遅くなる。夕飯いらない】


キーンコーンカーンコーン

4度目のチャイム。

朝の始業、昼休み、午後の仕事開始のチャイム、そして、帰りのチャイム。


一郎のホワイトのVitzと金森の黒のステップワゴンは居酒屋夜明けの駐車場に停めた。

小林と金森が暖簾をくぐると、まだ先客がいなかった。予約までしたのは、もつ鍋がいつも完売するからである。博多もつ鍋は旨い。

2人は生ビールを乾杯すると、一郎は家庭の話しをポツリポツリと話し出した。

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