お礼というなら俺の裸体を見てください
その日は、珍しく放課後に学校に残っていた。
事情としては、なんてことはない。旧校舎の備品整理の手伝いである。
日直でかつ部活をしているわけでもない俺は、バイトの日以外は基本時間があるので、頼みやすかったのだろう。
元々は生徒会の仕事だとかで、俺一人で仕事をするわけでもなかったし、快く引き受けると、生徒会の顧問をしている担任は安心したように笑っていた。
だっ高はただでさえ広く、物も多いから、生徒会だけでは如何せん手が回りきらない部分がある。人手を増やせるというのは、それだけで大きいのかもしれない。
生徒会の人と連携し、休憩も挟みながらざっと備品の整理を終えた頃には六時を過ぎていた。
だいぶ時間がかかったなとか、教室に荷物取りに行かないとなとか思いながら、その辺に座らせてもらい、担任が差し入れてくれたお茶で喉を潤していると、長い髪の誰かが近づいてきて、俺の隣に腰を下ろした。
「いやあ、お疲れ様! 手伝ってくれてありがとね、おかげで早く終わったよ!」
それが一つ上の先輩で、生徒会長の門崎エリナであると認識したのは、そう声をかけられた時だった。
「どういたしまして。そちらこそ、お疲れ様です」
「うん、ありがとー。……紡木くん、だっけ?」
「紡木遼太郎です」
「じゃあ、遼太郎くんだ! 改めてよろしくぅ!」
それに「はぁ」と返事をしながら、なんだこの妙にハイテンションで頭がおかしそうな先輩は、と思う。
正直、相手をするのが面倒だなと思う。
「じゃあ、仕事終わったので俺はこれで」
そう言って、そそくさとその場を後にしようとするが、しかし、
「ああ、待って待って! ちゃんとお礼させてよ!」
「いや、そういうのいいんで。それにお礼なら先生から貰いましたし」
言いながら手に持ったペットボトルを見せるように揺らす。正直、大したことはしていないので、これ以上貰っても困るというものだ。
「いやいや、流石にそれだけじゃ放課後の時間拘束しちゃったお礼にならないでしょ」
「じゃあ、何してくれるんですか?」
一先ず、足を止めて、そう訊ねる。
「カラオケとか行かない? 奢るよ?」
「あ、遠慮しときます」
「なんで!?」
いやあ、だって……
「初対面の人とカラオケはちょっとハードル高いっていうか……」
これがコミュ力の高い暮木なんかだったら、違ったのだろうが、俺には正直荷が重い。重すぎて、胃痛がするレベルだ。
「じ、じゃあ、ご飯とかは?」
「今日中に消費しなきゃいけない食材があるんで……」
「えっとえっと! じゃあゲーセン!」
「昨日行ったばかりなんで」
「映画は!?」
「それは初対面なので嫌です」
というか、なんで友達でもない相手と何処かに出掛けるようなことをしなければならないのか。
「じゃあ何ならいいの!?」
叫ぶようにそう言った会長に、本当に何もしてくれなくていいんだけどなあと、思う。
しかし、このままじゃ引き下がりそうにないのも確かっぽいしなあ。
何かお互いに丁度いいものは……
「あ、そうだ」
「な、なになに!? やって欲しいこと何かあった!?」
「はい、ありました」
キラキラと嬉しそうな顔で頷く会長に、俺は告げる。
「俺の裸体を見てください」
「……え?」
意味がわからないというように、キョトンとしてしまった会長に、俺は繰り返す。
「俺の裸体を見てください」
「聞き間違いじゃなかった!?」
顔を真っ赤にして、取り乱す会長の反応に俺は勝ちを確信する。
そう。普通は、初対面の異性の裸体なぞ見たくはないはず。それは誰にも共通する当然の感覚である。もちろん、会長もそうだろう。
そして、俺はこのお礼の押し売りを全力で断りたい。出来れば円満な形で。
つまりは、相手が嫌がることを頼むことで、それよりも軽い要求を通せるようにする。
ドア・イン・ザ・フェイスという手法である。交渉やら詐欺の常套手段だ。あっているかは知らん。
「ちなみに、パンツはもう脱いでます」
「どうやって!?」
よし、いつものやつを引き出せた。
これなら上手く行くだろう。円満にさよならである。
そう、思っていたのだが……
「う、うーん。み、見るだけなら、まあ……」
あれ、と思った。
「それでお礼になるなら、その……いいよ?」
「えぇ……」
「あれぇッ!? 私なんで引かれてるのかなッ!?」
脱いだパンツを履くレベルでドン引きだった。
「……」
「……」
痛いほどの沈黙が、その場に広がる。
「変態……」
「おかしいなぁ、頼まれたの私なのに……」
こっわマジこっわ。
頼まれたからって普通、初対面の全裸とか見ないじゃん。見ろって言われたら、嫌がるもんじゃん。
変態にお礼されるのはちょっと……
「ねぇ、なんで私そんな目で見られなきゃいけないのかな?」
「自分の胸に手を当てて、考えてみてください」
「うわあ、腹立つぅ」
まあしかし、これは上手いこと使えそうだなと思う。
「そういうわけなんで、俺、帰りますね」
「あっ、ちょっ」
有無を言わさず、その場を後にする。
そのまま走って旧校舎を出て、薄暗くなり始めた空を見ながら、校門までたどり着いたところで、教室に荷物を置いていたことを思い出した。
「面倒臭え……」
そんなことを言っても仕方がないのだが、思わず口から漏れてしまう。
かと言って、だらだらとするわけにも行かず、急いで教室へと向かう。
その道すがら、俺は言い争うような声を聞いた。
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