強気な女は後ろが弱い

 また、とは言われたものの、それからの生活が何か変わるわけでもない。

 日々は平坦なまま。浮きも沈みもなく、流れていく。

 裸を見せようとしたことが、決定的な決裂にならなかったのがわかったとはいえ、元々関わりがないのだから、それも当然だ。

 幾度か目が合うことはあったのだが、何か声をかけた方がいいのか? と、思っているうちに気がつけば、休日。

 家にいてもすることがないので、部活が休みらしい暮木を誘ってゲーセンへとやって来ていた。

 朝10時に集合し、格ゲーやら音ゲーやら適当に遊んで、今は二人して他人がゲームをやっているのを眺めながら、端の方で下品な会話に興じていた。


「やっぱりよお、オレは思うわけよ。気の強え女ってのは、後ろが弱いんじゃないかってよ」

「あー、例えば?」

「ほら隣のクラスの姫崎とか? 高飛車でいかにもって感じしねェ?」

「うーん」


 その姫崎某を知らないから、なんとも言えず俺は首を捻った。


「俺は、シュルツさんとかア○ル弱そうって思うけど」

「おめェ……直接的な単語出すんじゃねえよ」

「誤魔化す方が下品な感じしないか?」

「わかる」


 男子高校生の妄想力はたくましいので、隠語を用いれば用いるほど、いやらしく感じてしまう。むしろ直接的な単語の方が、品性だけは保ちたいという自尊心のおかげで、かえって興奮しないものなのだ。


「ま、確かにシュルツはそんな感じすっけど、こういう話題で出せるのはお前ぐらいだろうなあ」

「なんでだ?」

「そらお前、高嶺の花過ぎて下に絡めるのが申し訳なくなっからだよ」

「そういう仲間外れはどうかと思うぞ、俺は」

「むしろ仲間外れにされた方がいい話題だと思うけどなあ、コレ」


 確かにそうだった。けど、


「それ言ったら、影でこんな風に話題に出される女子がみんな可哀想って話になるんだけどな」

「おめェ、それは言っちゃ駄目なことだろうがよ。つーか、向こうも同じようなことどうせしてるっての」


 手に持ったジュースを飲み終えたらしい暮木は、それを近くのゴミ箱に放り捨てる。

 バットマナーではあるが、どうせ誰も見てないし、と咎めることはしない。


「シュルツと言えばよ、最近、部活の方がちょっと面倒なことになってんだよ」

「面倒?」


 気になってそう繰り返すと、「まあ、話題の一つ程度に聞いてくれや」と言って、暮木が話し始める。


「つっても、シュルツの方はいつも通り。真面目っていうか、生真面目っていうか。だから、どっちかというとこれから話す面倒の原因ってのは、他の奴らで、何人かの部員が最近部活をサボリ気味なんだが……」


 そこまで言ってから、誰が聞いているわけでもないのに、暮木は声を潜めて言う。


「部活をサボってるやつと真面目に部活やってる奴らの間で、ちょっと揉めちまってな。きっかけはシュルツが軽く注意したことだったんだが、それ自体はいいんだ。ただ、サボってるやつってのは、それ自体が負い目になってるからその場では流しても、後で不満を漏らす。それを聞いていた他の部員との間で、口論になっちまったんだ。前々から同じことが続いてたから、いよいよ我慢の限界だったんだと思う」


 いわゆる意識の違いってやつだろう。中学時代、部活やってた時はそれで揉めてるやつらをよく見た。真面目にやりたいやつ、エンジョイしたいやつ。

 部員の意識統一がされていないのは、それだけで面倒だ。


「でも、それぐらいならよくある話だよな」

「まあな。けど、本当に面倒なのは、サボりがちな先輩だ。ろくに来ねえくせに、プライドだけは高い。自分が否定されてると思うと、過剰反応する。んで、その結果、派閥が出来た」

「派閥って……空手部ってそんなに部員居たか?」


 大げさ過ぎないか、と暗にそういったつもりだったのだが、暮木はくたびれた様子で首を横に振った。


「あれで、20人はいるんだ。幽霊いれるともっと。それだけいれば、真面目に部活をやりたいシュルツ派と適当に流したい先輩派。んで、オレみたいにその板挟みになるどっちつかずの中立派ってな具合に分かれるのには十分だ」

「顧問は知ってるのか……?」

「知らないし、知ってても表向き諫める事はできても解決しねえだろ」


 暮木は吐き捨てるように「そもそもどうにかしてくれる人なら、こんなことになってねえしよ」と言って、ポケットに手を突っ込んで壁に背中を預けた。


「大事なのは、その派閥諸々についてシュルツのやつが感知してねえことだ。アイツ自身は、サボるやつは放っておけばいいって考えてるだろうしな。来てんのに真面目にやらないやつには、そりゃ厳しくするんだろうが、来ないやつなんかは仕方ないしよ。わざわざ、争うのが好きなわけでもねェだろうし」


 確かに、そういうことが得意な人ではなさそうだな、と思った。


「大変だな、暮木も」

「ほんっとうに、クソだるいったらねェよ……こっちは普通に部活できりゃいいってのに、どうでもいいことで揉めやがって……と、だいぶ愚痴ったな、すまん遼太郎」

「いいよ、別に」


  元々、人の話を聞くのが苦痛に感じるわけではないから、聞くだけなら大したことはない。アドバイスとか求められると、暮木ほどコミュニケーションが出来るわけじゃないから、難しいけど。


「っし! 気分転換に一戦やろうぜ。くだらねえ話聞かせちまったぶん、奢るからよ!」

「ああ、どれにする?」

「んじゃ、一先ず――」


 話しながら歩き始める。

 空手部の面倒事に、部外者の俺は、関われそうもないが……丸く収まってくれればいいな、とそう思う。


 そうして、暮木に格ゲーで全敗を喫した休日が開け、月曜日。

 思っていたよりも、面倒なことが起こった。

 

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