頼むから、俺に変な性癖を植え付けようとしないでくれ
何かもやもやしたものを残したまま終えた昼休み。そのまま授業に集中できないまま学校を終えた。
現在時刻は午後8時を過ぎ。ぼんやりと回らない頭のせいで、精彩を欠き、先輩から心配されまくったバイトを終えてその帰路である。
予報ではすでに止んでいるはずだった雨はまだ降り続いていて、街頭が灯る道に普段よりも冷たい印象を抱く。
その道を明日の日課は、いつもよりも気持ちいいかもしれないな、などと思いながら歩いていると、見覚えのある金色をコンビニの前で見つけた。
「あっ」
そんな「やっちまった感」溢れる声が、向こうから聞こえた。
手に持つコンビニ袋と真新しいビニール傘、そして制服姿を見るに、傘を忘れて部活帰りにコンビニに寄ったとか、そんなとこか。
髪が少し濡れているのは、ここから高校までは多少距離があるから、走ってもそこそこの雨を浴びてしまうからだろうな。
「そういえば、シュルツさんもこっち側だったんだよな」
先日、ジャージ姿で逃げていった彼女のことを思い出して、何気なくそう言うと、彼女は肩をびくりと震わせる。
「あ、ああ……そ、そうなんだよ」
やはり怯えられてしまっているのか、返事はどこかぎこちない。
「通学路で見かけたことないから、少し驚いた」
「私は部活をしているから……」
「ああ、そっか」
放課後なんて出くわすはずがないし、空手部は確か朝練があったはずだ。
登校時刻も下校時刻もかみ合わないのだから、見た事があるはずないのだ。
ただ、
「シュルツさんって中学違うよな」
「ああ、それはほら、私は去年こっちに引っ越して来たからな」
「なるほど。さすがはハーフ」
俺が頷いてみせると、彼女は少し視線を厳しくした。
「なにか勘違いしてそうだから言っておくが、私は帰国子女じゃないぞ。名前はこんなだが、日本生まれ日本育ちの生粋の日本人だ」
「へー」
そうなんだ、と思った。正直、あまり興味がなかった。
「へーって、お前な……驚かないのか?」
「驚いたけど、別に俺はシュルツさんのことそんなに知ってるわけじゃないからな」
彼女の素性や境遇に対して意外とか、思いはしても口に出して言うような関係でもない。
俺とシュルツさんの関係性は、クラスメイト以上友達未満。あるいは裸を見せてしまったことを加味すると、もっと悪いかもしれない。変態というイメージを払拭することは多分、無理だろうし。
とはいえ、この時期の日課をやめる気はないんだけど。
などと考えていると、彼女は表情を柔らかくして呟くように言う。
「……そうか、紡木はそういうやつなんだな」
「なに? エーミール?」
「そうかそうか、つまり君はそういうやつなんだな」
一気にニュアンスが変わった気がするし、なんなら目つきも変わっている。
別に俺は睨まれるのが好きな訳では無いのだが、シュルツさんの冷たい眼差しは少し癖になりそうだ。
「……頼むから、俺に変な性癖を植え付けようとしないでくれ」
「そんなつもりないんだけどなぁ!!」
心外だというように、シュルツさんは叫ぶ。
それから、自分が今コンビニの入り口付近にいることに気がついて、気まずそうに咳払いをした。
「そういえば、お前はどうしてこんな時間に出歩いている? 制服じゃないところを見ると、部活というわけではなさそうだが、遊びの帰りか?」
「いや、バイトだ」
「バイト?」
「ああ、少し欲しい物があって……」
まあ嘘だけど。
いや、欲しい物はあるのだが、それはバイトをする理由ではないというか……
あまりにも個人的な事情なので、人に話すのは憚られる。
「……エッチなものじゃないだろうな?」
「いや、そういうの買える年齢じゃないから」
「そ、そうか。そうだよな……」
邪推が外れたからだろう。恥ずかしそうに、視線をそらす。
しばし気まずい空気が流れ、
「ま、まあ、いい。うん。そうだ、そろそろいい時間だし、その、帰ろう、か?」
その空気をどうにかしようと思ったのか、伺うようにこちらにそう訪ねてくるシュルツさんに、首を横に振った。
「俺もコンビニ寄ろうと思ってたんだ」
「そ、そうか。それなら、うん、私は先に帰るよ」
そう言って、コンビニの軒先から出て、シュルツさんと入れ違いになるようにして、俺はコンビニ入ろうとする。
「つ、紡木」
「ん?」
声をかけられて、振り返るとビニール傘を差したシュルツさんがこちらを見ていた。
「また、な」
「え、っと……」
呆気にとられた俺が、返事を返すのも待たず、シュルツさんは駆け出した。
「また?」
いったいどんな身体能力をしているのだろう。ぐんぐんと離れていく、彼女の背中を視線だけで置いながら、ぽつりと漏らす。
あんなことがあったばかりで、てっきり、避けられることになると思っていたから、「また」というシュルツさんの言葉がうまく受け止められなかった。
「次があるのか……」
昼に暮木が言っていたことを思い出す。
あながち、彼の言っていたことも間違いではなかったのではないか? と、そう思った。
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