二人は意外と似ているのかもしれない
その日は、酷い雨の日だった。
雨のせいか教室の様子はいつもよりもどんよりとしていて、昼休みだというのに活気がない。普段なら、大声で笑っているムードメーカーも、どうやら今日はおセンチ気味なのか、友人と話していても心此処にあらずと言った様子で、ぼんやりと外を眺めている。
俺はといえば、いつもと変わらず自分の席で昼食を広げていた。焼きそばパンである。
雨などという自然現象で普段の情緒が乱れるほど、俺の精神は脆弱ではない。
鬱アニメを最後まで見たら翌日に、学校行けなくなったりするぐらいか? 大概脆いな。
他に変わらないものといえば、後ろの一団とかだろうか。
シュルツさんの元に集まった男女混成のクラスメイトたちは、変わらず楽しそうに話している。
「遼太郎」
焼きそばパンの包装を外し、いざというところで声をかけられ、弁当に向けていた意識を声の主へと向ける。
「暮木か。どうした」
「おいおい、どうしたってこたァねェだろ。一緒に飯食おうぜ」
そう言って、空いてる席から椅子を引っ張って来て、正面に座ってきた友人。暮木克人は、何の遠慮もなく俺の机に弁当箱を置いた。
余談であるが、それは暮木の手作りだという。年下の家族が多いとそうなるのだろうか、チャラけた見た目と口調に似合わず、家事全般が得意なのが、この友人の特徴である。
「って、おい。お前また焼きそばパンかよ」
「ああ、これが一番安くて美味い」
週一で貰える昼食代1500円を飲み物と合わせて使うのなら、これしかない。
「確かにうちの購買の焼きそばパンは人気だけどよ……前から気になってたんだが、それひとつで足りんのかよ?」
「……足りる」
「本当かァ?」
「実は、ちょっと足りない」
我慢は出来るが、この後夕飯まで待つのは結構しんどかったりする。
「ったく、仕方ねェなあ」
呆れたようにそう言いながら、暮木は自分の弁当からいくつかのおかずを弁当のフタに取り分けて、こちらに渡してくる。
「いいのか?」
「いいっつの。ほれ、たくさん食え。成長期なんだからよ」
正直、これ以上身長などいらないのだが……。
と、そんなことを思いつつも、暮木の言葉に甘えて取り分けられた中から、唐揚げを一つ口に運ぶ。
「……美味い!」
めちゃくちゃ美味かった。
「めちゃくちゃ美味いぞ、暮木!」
「そうかいそうかい」
俺がバクバクとおかずを食っていると、暮木は嬉しそうに笑い「こりゃ、明日からは少し多めに作ってきたほうが良さそうか?」などと、独り言を呟いた。
それから、二人で昼食を終えてだらっと弛緩した空気の中、他愛も無い話をする。
「そういや、遼太郎。お前、あの美人とはどうなったよ」
しばらく話していると、思い出したように暮木はそう言った。
「美人……?」
「マジかよお前。ほら、後ろの席の……」
あの美人とはどの美人のことだろう、と俺が疑問符を浮かべていると、暮木は声を潜めるようにしてその美人の所在を教えてくれた。
「ああ、シュルツさんか」
「ばっ! お前っ!」
慌てたように大声をあげ、立ち上がる暮木。
その声が耳元で響いたものだから、俺は思わず顔をしかめた。
「鼓膜ないなった」
「真顔で言われると腹立つなそれ」
そういうものだろうか。
真顔で言った方が面白そうだなって思ったから、練習していたのだが暮木のツボにははまらなかったらしい。芸事の道というのは、難しいな。
うんうんと唸っていると、深くため息をついて、暮木は座り直す。
「まあ、なんだ。その様子からすると、何もなかったんだな」
「ああ、何もなかった。というか、俺の勘違いだった」
「そうかそうか。まあ、オレたちは思春期なんだから……」
「やはり、俺の裸に興味を持つ人間などいなかった」
「ああ、裸に……って、裸?」
背後から大きな音がした。誰かが椅子から転げ落ちたようで、少し騒がしい。
大丈夫だろうか。
「おい、遼太郎」
戦慄した様子の暮木が俺の名前を呼ぶ。
「まさか……」
「安心しろ。脱いではいない」
「そうか、そうだよな」
「脱ごうとはした」
「……まあ、未遂なら大丈夫か」
「ああいや、正確にはパンツだけ脱いだ」
「どうやって!?」
おお、シュルツさんとほぼ同じ反応だ。二人は意外と似ているのかもしれない。
「それはほら、わかるだろ?」
「わからねェ……オレにはお前がわからねェ」
そうか、と思った。
誰でも練習すれば出来ることだと思うが、普通そういうことを練習したりはしない。俺が暇すぎて編み出した技であることを考えると、一般に普及していないのは当然のことなのだろう。
「まあ、ともかく、だ。俺の勘違いで彼女には迷惑をかけてしまった」
「そうだな。迷惑で済ませてくれてよかったな」
「ああ、本物の変質者にならなくてよかった」
心底の安堵からそう言うと、暮木は「自覚はあったんだな」と意外そうに言った。
勘違いされては困るのだが、俺は変質者でも露出狂でもない。ただ、変態ではあるらしい。
「そもそも、なんで向こうがお前の裸を見たがっているだなんて思ったんだ?」
「なんか、彼女に見られている気がしたんだ」
「ほう、それで?」
「いや、だから見られている気がしたので、俺の裸が見たいのかな、と」
「そうはならねェだろ、普通……」
改めて言われるとその通りだ。
見られているからとはいえ、それが見たいことに繋がるとは普通考えない。
あの日、俺の裸体を見た彼女が、変態と叫びながら逃げ出したことを考えれば、尚更だ。
例えば、俺が見も知らぬ全裸の女に突然出くわしたとしよう。その時俺は、その姿にどんな感情を抱くだろうか。きっと、ドン引きしてしまったことだろう。
よく知りもしない異性の全裸など、恐怖の象徴以外の何物でもなかった。
「どうやら俺は錯乱していたらしい」
「あ、やっと気づいた?」
暮木の呆れた声と共に、後ろからため息が聞こえた。
「しかし、であれば、だ。何故、彼女は俺のことを見ていたんだ?」
「そりゃお前、気になるとか話がしたいとかそんなところだろ。つーか、それこそ今更じゃねえか」
……今更?
「何が今更?」
「何って、そりゃあ……」
暮木が何かを言いかけた途端、ダンッと何かを強く叩いたような音がして、後ろを見る。
そこには、シュルツさんとその一団。そして、何故か目元に隈をこさえ、幽鬼のように揺れて立つシュルツさんがいた。
先程から様子がおかしかったが、何かあったのだろうかと俺が口を開こうとした時だった。
「暮木」
彼女は俺の前に座る友人を睨むようにして、その名前を口にする。凍てついてしまいそうなほどの冷たい声音だ。
「は、はい」
「それ以上言ったら、どうなるかわかっているだろうな?」
「いいッ!?」
確か二人は同じ部活だったはずだ。
空手部とかで、シュルツさんは副主将だと暮木に聞いたことがある。
「私は別にいいんだぞ? お前が話そうが、どうしようが。だが、放課後、覚悟しておけよ」
「は、話さねェって! す、すまん、遼太郎。そういうわけだ」
「ああ、うん」
話についていけず、空返事気味に頷くと暮木は安堵したように息を吐く。
その様子を見届けてから、改めて、シュルツさんの方を見た。
しかし、すでに彼女は友人たちとの談笑に戻っていて、俺の入り込む余地などない。
昼休みはそうして終わった。
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