着衣したままパンツを脱ぐ方法

 我らが伊達河原高校。通称「だっ高」には、数年前に建てられた新校舎と今は授業以外でほとんど使われなくなってしまった旧校舎がある。

 生徒の出入りは自由で、放課後にこの空き教室でフッたフラれた付き合ったの愛憎劇が年中行われているというのは、だっ高の生徒であれば誰もが知るところである。

 もっとも、今回俺がシュルツさんを空き教室に呼び出したのは、そんな理由ではないのだが。

 ちなみに、だっ高と呼んでいるのは俺だけだ。脱肛とかけている。脱稿でも可。


「シュルツさん。お前は、何日か前から妙に俺を見ているな」

「あ、ああ。それはそうだろう。あんな場面を見たんだから、当然……」

「いや、みなまで言うな。わかっている」


 不思議そうにこちらを見るシュルツさんに、うんうんと俺は頷いて見せる。

 そうわかっている。わかっているのだ。彼女が何を考えているのか、などということは。


「お前は見たいんだな? 俺の裸を」

「……は?」


 背中から感じる熱い視線。それはつまり、そういうことなのだろう。

 突然の喜ばしき言葉に、マジで何言ってるかわからないと言った様子のシュルツさんに、俺は優しい声音を意識しつつ、言葉を続ける。


「ふっ、我ながら貧相な体をしていると思っていたのだが、なかなかどうして気に入ってくれる人はいるらしい」

「いや、ちょ……」

「まったく、見たいのならさっさとそう言えばいいものを」


 恥ずかしがってもいいことはない。いや、無論、俺も人に肌を見せるのは恥ずかしいが、あそこまで熱の籠もった視線を受けては、そんなことを気にして、脱がない方が男としては恥だ。


 まず、そうだな。上着よりも先に下着を脱いでしまおうか。

 制服を着たままパンツだけ脱ぐことなぞ、この俺には容易いことである。

 さあ、しかと御覧じろ。俺の全てを。


「ちょっと待て! 脱ごうとするな!」


 ブレザーに手をかけて、脱ぎ去ろうとしたところでそんな静止の声が空き教室に響いた。


「……何故?」

「何故も何もあるか! 別に私はお前の裸が見たいわけではない!」


 その言葉に雷に打たれたような衝撃が、俺の全身を突き抜けた。


「なん……だと……」

「当たり前だろう……」

「もうパンツ脱いでたのに……」

「パ……ッ!? 履け! 今すぐに!」


 言われた通りに、パンツを履く。

 しかし、疑わし気な変質者を見る視線があいも変わらずこちらを射抜いていた。


「履いたぞ?」

「は? え? どうやって?」

「そりゃあ、まあこうクイッと」

「本当にどうやってッ!?」


 自分でもよくわからないことをどうやってと聞かれても、困ってしまう。

 なんか、気がついたら出来るようになっていたのだ。


 というか、衣服を着たままのパンツ着脱方法なんてのは、本当に心底どうでもいいのだ。

 重要なのは、俺の裸を見たいわけではなかったのに、どうしてシュルツさんがずっと俺を見ていたのか、それが今俺にとっては一番大切なことである。

 なので、聞いてみることにした。


「えッ、いや、それは……」


 しかし、シュルツさんは言いにくそうに視線をあたりへと彷徨わせるだけだった。

 どうやら、言い難いことらしい。

 俺は紳士なので、彼女が言い難いことを聞くのはやめることにした。


「……いや、話しにくい事情ならいい。けど、すまない。勘違いで、粗末なものを見せてしまうところだった」

「それはいい……いや、よくはないんだが、とりあえずいいよ。お前が変態露出魔じゃないこともわかったし」

「変態露出魔だと思ってたのか」

「ああ、今は変態だと思っている」

「……変態」


 俺は変態だったのか、と思った。


「自覚、なかったのか? 裸を外に晒していたのに?」

「あれは人に見せるつもりはなかったんだ……人に見せるのは恥ずかしい……」

「今脱ごうとしてただろ……」

「それも、実は恥ずかしかった」


 しかし、全裸を見たいと思われたのは初めてだったから、恥ずかしさを忍んで脱ぎ捨てようと決意したわけだ。残念ながら、勘違いだったけど。

 まあ、ただ、このハーフ美少女に裸を見せるという事実に、得も言われぬ興奮がなかったかと聞かれれば、否定は出来そうにもない。


「はあ……まあいいよ。それで、紡木の用件はそれだけか?」

「ああ、それだけだ」

「なら私は部活に行くよ。くれぐれも……くれぐれも、人前で服を脱ごうとか考えないように」

 

 その言葉に俺は素直に頷いた。


「わかった。気をつけよう」

「そこはやめると言ってくれ」


 申し訳ないが、それは言えそうにもない。

 人の視線は恥ずかしいが、外で全裸になる開放感を前にしては、それはほとんど意味をなさないのだから。


「まあいい。それじゃあな」


 そう言って去っていくシュルツさんを見送って、俺は空き教室を出た。

 なんてことはない俺の勘違いによって起こったイベントは、やはり何もないままに終わる。

 これから先は二度と関わることもないだろう。俺と彼女では、悲しいかな立ち位置が違う。明日からはまたなんともない日常に戻ることだろう。

 そんなことを考えながら、たっぷり時間をかけて、旧校舎から出た。


 その俺の考えが、否定されるのはそれからたったの二日後のことであった。

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