9.一人ぼっちの登校

翌朝、都は一縷の望みをかけて和人の迎えを待っていた。


「・・・都ちゃん、そろそろ行かないと遅刻しちゃうわよ・・・」


玄関に座り込んで和人を待っている都に、母親は心配そうに声を掛けた。

俯いている都の顔を覗き見ると、今にも泣きそうだ。

だが、その顔は悲しさだけでなく怒りも含んでいる。唇を噛み締めていた。


「・・・もうちょっと待ってみる。もしかしたら来てくれるかもしれないもん・・・」


都は俯いたまま答えた。

母は小さく溜息を付いて、リビングに戻っていった。


しかし・・・。

和人が迎えに来ることはなかった。


意地になり、タイムリミットが過ぎても和人を待っていた都は、玄関からリビングに向かって大声で叫んだ。


「ママ! 遅刻しちゃう! 車で送って!」


「だから、そろそろ行きなさいって言ったでしょう」


「ママ、早く! 都、遅刻したことないんだから!」


母は愛娘の我儘に溜息を付きつつも、今日は怒る気になれない。

甘やかし過ぎと分かっていても、断れずにお姫様を学校まで送り届けた。


ギリギリセーフとばかりに教室に駆け込むと、隣の席の静香が心配そうに声を掛けてきた。


「どうしたの? 珍しい・・・っていうか、初めてじゃない? こんなにギリギリ」


「・・・静香ちゃん・・・」


親友に甘えようとした時、扉が開き、担任教諭が入ってきた。

仕方なく前を向くが、諦めきれずに小声で話しかけた。


「静香ちゃん・・・。大変なことが起こったの・・・。後で都の話聞いて・・・」


「うん。分かったわ」


ちょっとしたことも『大変なこと』と言う都に慣れている静香は、大して気にも留めずに頷いた。





同じ頃、特進科の教室では、和人がソワソワしていた。


(都ちゃん、ちゃんと学校に着いたかな・・・?)


自分が意図的に迎えに行かなかったくせに、こんな風に気にするなんて矛盾している。

でも気になって仕方がない。


今朝も、つい、いつものように都の家に足が向いていた。

途中で我に返り、慌てて引き返して、一人で登校したのだ。


しかし、都の事が気になって、昇降口の近くに隠れて都が登校してくるのを待っていた。

だが、いつまで経っても都が来る気配が無い。

もしかして今日は学校を休んでしまうだろうか?


罪悪感に苛まれながら、都のクラスの下駄箱を見守っていると、


「あれ、津田っち。こんなところで何してんの?」


数少ない友人の一人が声を掛けてきた。


「あ、川田君。おはよう!」


和人は振り向くと、慌ててその場を誤魔化すように元気よく挨拶をした。


「もうホームルームの鐘が鳴るよ。早く行こう」


「あ、う、うん」


川田に急かされ、和人は仕方なく教室に向かった。

それと入れ違いに、都は下駄箱に駆け込み、急いで上履きに履き替え、教室に走っていった。


ホームルームの間も、一時限目が始まっても、和人は都が無事に登校したが気になって授業に集中できなかった。


(休み時間に様子を見に行こう。見つからないように・・・)


和人はそう思いながら、今か今かと時間が過ぎるのを待っていた。

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