放課後探偵事務所
みずはみけ
第1話
点である僅かな痕跡を並べ、一本の線である真実へと導く者、探偵。
最初は漫画、それからドラマに映画、そして書籍。どれも冷静沈着、頭脳明晰。それまで嫌いだった勉強も、探偵になるためなら、と予習復習をしっかりとやるようになるくらいにハマった。学校では非常に不本意ながら非公認であるが、探偵活動をしている。
「事件起こらないねー」
気の抜けたような声で喋りかけてきたのは、探偵である僕、宮本蓮の幼馴染兼、探偵の相棒である三ノ宮愛である。探偵に相棒は必須だ。アガサ・クリスティの小説にはアーサー、アーサー・コナン・ドイルの小説ではワトスンなど、探偵である主人公には相棒がいる。
彼女は暇を持て余しているのか、肩で切り揃えた黒髪をたなびかせ、鉄棒で前回りをしている。
「前回の事件は拍子抜けだったからな……」
今まで何度か事件を解決してきたが、どれも大したことがない。
用務員さんが、備品がいつの間にかなくなっている、と言うので探すのを手伝ったが、結局掃除をしていたときに落としたことに気づいていないだけだった。その次はクラスで飼っていた亀が行方不明だということだった。いや、それは先生に報告しろよ。まあ、解決したけど……
「よし、一応校内の見回りをするか……」
「えー、今日もやるのー?」
「毎日やるから意味があるんだよ!さあ、難事件が僕らを待っている!」
「じゃあ……ん!」
差し出された愛の手を取り、一緒に歩き出す。中学生にもなって手を繋ぐのは抵抗があり、やめようとした。しかし、愛が不機嫌になってしまうので、仕方なく共にいるときは手を繋いでいる。
部活が始まり、グラウンドでは様々な部活動が走り込みやボールのパス練習をするなど、元気な掛け声が聞こえてくる。昇降口の横にある水道では、音楽を流しながら水で何かを洗っている生徒がいる。何人か親の迎えを待っているのか、スマートホンをいじっている生徒もいる。
昇降口で愛の手を離し、下駄箱で上靴へと履き替えた。手を離すたびに残念そうな声を出すのはやめてほしい。
「よし、行くぞ!」
廊下に出ていつも通り左側から見回りを始めようとすると、なにか液体のようなものが床についていることに気がついた。少し寄ってみると、それは血のような赤黒い液体だった。
「ぅひっっっ!!!」
声にならないような叫びを上げた。僕が。よし、冷静沈着、冷静沈着……
「なになにー?血、なのかな?全く、蓮はビビりなんだから!よし、私がなんなのか調べてしんぜよう」
突然のことに頭を真っ白にしている中、愛はふふんと鼻を鳴らし、それに近づいていく。指先にちょこんとそれに触れると、鼻先へと近づけていった。
「おい!現場保存しないとだめだぞ!ここは早く先生にだな……!」
「この鉄っぽい臭い……これは血かもしれない。でもいいのー?こんなに血を垂れながら移動してたら結構怪我してるんじゃないの?」
間違いかもしれないので、自分でも確かめてみると、確かに鉄っぽい臭いがした。
確かに、血の跡を見ると校舎内を点々と続いているのが見える。理科で使うスポイトで二十滴程度で一ミリリットルだ、と先生が言っていたのを思い出す。水と血では一滴あたりの量は違うだろうが、目で見える範囲で血の跡がついているのを考えると、それなりの量になるだろう。
「……うん、そうだな。大きな怪我をしていたら大変だ。この血の跡を辿ろう。それと、血って結構汚いんだ。ウェットティッシュやるから手をちゃんと拭いておけ」
鞄の中から消毒用に持ち歩いていたウェットティッシュを取り出し、愛へと手渡す。自分自身もついでに手を拭った。ひんやりとした手触りがぐるぐるとした頭を冷やしてくれる。
「よし、じゃあ辿っていこう!」
「まあ待て!どっちが終点かわからないだろう!」
早速校内を歩き出そうとする愛の手を掴み、引き留める。出血したまま歩いているとすれば、外に出た瞬間声を上げる人物がいるはずである。今は見当たらないが、ついさっきまですぐ昇降口を出たところに迎え待ちの生徒もいたはずだ。
「うむ、やはり中に続いているのかな……」
「ねえ、蓮見て!ここにたくさん血があるよ!」
愛が指す場所には、他よりも大きな血だまりができていた。自分たちが入ってきた下駄箱とは違う位置だ。ここは上級生が使う場所だったはずだ。
「ここで何かが起こったんだな……よし、校内を探すぞ!ただ、犯人もいる可能性があるから気をつけるぞ」
「うん、もし怖い人が出てきたら任せて!」
愛はぽやぽやしているように見えるところがあるが、これでも空手をやっている。電車で痴漢していた人物を捻り上げたと言っていたので、そう大事にはならないだろう。
不審者がいないことを確認しつつ、血痕を辿って歩みを進める。節電のために薄暗くなっている廊下を歩いていく。放課後なのでほとんどの生徒が帰宅か部活動をしている。自分たちの足音だけが響いていることが、普段の休み時間で見慣れたはずの風景を不気味なものへと一変させている。
血痕を階段を上りながら辿ると、一つの教室へと辿り着いた。中からはがやがやと賑やかな声が聞こえてくる。周りを見渡してみるが、そこ以外に続いている場所は見当たらない。上を見上げると、その教室の上には『美術室』と書かれていた。この時間だと美術部の活動時間のはずだ。中に聞こえないよう、小さな声で愛に語りかける。
「ここにいるのか……?」
「そんな怪我人がいるような雰囲気じゃないよね。聞いてみる?」
「いやいや、見知らぬどなたかにいきなり聞きにいくのって、なんか恥ずかしくない?」
この和気藹々とした空気に突っ込めと言わんばかりの愛にたじろぐ。こんな中、いきなり「へへ、すみません……外に血の跡があるんですが、なにか知りませんかねえ……」なんて突入したら白い目で見られてしまうだろう。
「なに言ってんの!探偵は聞き込みが重要なんでしょ?」
確かにそうだが、この空気をぶち壊しても良いのだろうか。しかし、探偵になれば裏社会にでもいそうな人に聞き込みをするようなこともあるかもしれない。それならば、これは良い経験になるのかもしれない。
「……確かに、そうだな」
こんこん、と扉を叩き静かに開けていく。中から美術室特有の絵の具や木の香りがする。
「失礼しまーす……」
「あっ、どうしたの?見学?」
中から一人の女性が姿を現す。ところどころ絵の具で汚れたジャージを身に纏っており、上靴にも付着している。上靴のゴムの色を見る限り、ひとつ上の先輩のようだ。
「いえ、すみません、外に血の跡のようなものがあって、それがこの教室に続いているみたいで気になって……」
「血の跡ぉ?」
不思議そうな顔をして、廊下へと顔を出す先輩。後ろでは先ほどまで和気藹々と喋っていた面々が、こそこそとなにかを喋っている。悪いことをしたわけではないが、なにか気まずさが残る。
「ちょっと暗いね。スマホのライトで照らして……んんー?」
先輩がライトをつけようと操作をしている中、一目で何かに気がついたようだ。
「なにかわかったんですか?」
「ふふっ、これ血じゃないよ。絵の具の筆洗い器とかパレットを外まで洗いに行った子がいるから、それが溢れちゃったんじゃないかな。今日は赤色系を使っていたし……あとでちゃんと拭いておかないとね」
「えっ、でも血の臭いがしましたよ?それに外まで洗いに行くんですか?」
それまで口を挟んでいなかった愛からの声が上がる。血の臭いがしたことは自分も確かめていた。それに、ここは二階なので外まで出るには遠い。水道自体はすぐ近くにもあるのだ。
「前に部活後にちゃんと水道を清掃してなくて怒られたのよ。だから基本的に外で洗うようにって言われたの。本当に遠くて面倒よ……」
「ん?」
ふと、ここにくるまでのことが頭を巡る。放課後はいつも通り校庭の端にある鉄棒に集合し、愛は鉄棒を触っていた。つまり、愛の手から鉄の臭いがするのは当然なわけだ。そして、手を繋いでいた自分の手から同じく鉄の臭いがするのも当然だ。廊下は節電のため暗く、普段よりも色が濃く見える。ほっとため息をつき、想像していた大怪我をした人や、危険人物が空想だったことに一安心した。
「どうしたの?」
愛が声を上げた自分を不思議そうに見つめてくる。自分の早とちりであったのだ、顔が急に熱くなるのを感じる。
「すみません!血じゃなくてよかったです、では!」
愛の手を掴み、急いでその場を後にする。廊下は走ってはならない、というルールが後ろからの視線の時間を長くする。早くこの場を離れたい一心で階段まで向かう。笑われるだろうが、愛にはあとでちゃんと説明をしよう、と決心して。今日も平和だった、残念なことに。本心に決まっているだろう。
放課後探偵事務所 みずはみけ @shino8298
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