第3話「 疑問 」

「 成程… 」


詩子はすました顔で頷きつつ、パソコンに情報を打ち込んだ。


幸人は、全てを出し切ったのか、すっかり意気消沈している。


「 分かった。引き受けるわ。 」


詩子がそう言って伝票を持って立ち上がった時、「 あの… 」と幸人が引き止めてきた。


不思議そうに詩子が振り返ると、幸人は心配そうにこちらを見ている。


「 本当に…? 」


殺ってくれるんですか、が今にも聞こえそうなほどの語尾だった。


この私が、失敗などするはずがないわよ。


そう言いたくなったが、黙っていることにする。


詩子はそんな気持ちを抱えつつ、幸人を一瞥すると、すっと前を向いて手を振った。


「 任せなさい。 」


彼女の力強い言葉を後押しするように、太陽が彼女の背中を優しく熱く照らしていた。






詩子は一旦マンションへ戻ると、情報収集のためにパソコンを立ち上げた。


カーソルを検索ボックスに合わせると、“ 桐生健人 ”と入力する。


案の定、事件記事がずらりと出てきて、その分情報もたくさん上がっていた。


「 … 」


桐生健人、25歳。両親は離婚し、桐生自体は母方へ着いて行ったらしい。母親が金持ちだったので、まぁ当然だろう。


父親のその後の行方は不明。時々、キャバクラでの目撃情報がある程度で、住所特定には至らなかった。


桐生は本来第一級殺人が適用され、死刑になるはずだったが、精神鑑定の結果から、禁錮8年で今は出所している。


出所しているなら、住所特定など難しいことではない。


「 何か、気になる。 」


詩子は何だか、この事件の裏には別の真実が隠されているようでならなかった。


苦虫を噛み潰したような気分。何となく腑に落ちない。


だが、そんなことを気にしていては、殺人などできない。


気持ちを切り替えるため、詩子は椅子から立ち上がり、カーテンを開けた。


明るい日差しが、部屋の中に差し込む。


詩子の飼い猫のクロが、眩しそうに目を細めて、にゃーんと鳴いた。


「 クロには少し…眩しいかしら。 」


詩子はクロに近づくと、金色の瞳を眺めながら、クロの頭を優しく撫でた。


心地よさそうに、クロが喉を鳴らす。


クロのご機嫌取りをしつつ、詩子は桐生にどう近づくか、切り込み方を考えていた。


と違って、知り合いだったり、知り合い繋がりだったりするわけじゃない。


この界隈での知り合いを駆使すれば、近づけないこともないが…。


んん、と唸っていると、不意にクロが詩子の膝から離れ、窓の縁に飛び乗った。


「 …クロ、眩しいなら無理に行かなくてもいいわよ。日に当たりすぎても、毛が… 」


そう言ってクロを抱きあげようとした時、窓の外に何か人影が見えた。


詩子が訝しんで下を見れば、その人物は慌ててもの陰に隠れた…気になっている。


実際は植え込みの後ろにいるだけで、隠れきっていない。


大きな体が、植え込みの影から盛大にはみ出している。


「 あれは… 」


詩子はクロを抱いたまま、カーテンを閉めた。


詩子の中で、全ての点が線で繋がった気がする。


クロは飼い主の心情を読み取ったのか、詩子からするりと離れて、大人しくベッドの上に戻った。


詩子の目には、いつもの妖光ひかりが宿っていた。

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