虚ろな心
白江桔梗
虚ろな心
私には、何も無かった。
物心ついた頃に、皆平等に配られる真っ白なキャンパス。私だって、初めはこの『白』を塗りつぶすつもりでいた。
その筆を持て、そこに絵を描いて己を示せ、なんて言われても、何も無いなら何も描けない。
だから、まっさらなキャンパスを載せたイーゼルの前で、静かにそれを見つめている。
……ただひたすらに、見つめているのだ。
外世界では、皆同じ服を着て、同じ靴を履いて行進をしている。波風立てずに、頭一つはみ出さずに行進を続けている。
そんな没個性が嫌いで、少しでも反抗しようと染めた髪だって、結局は『他人と違う個性が欲しい』というありふれた感情だった。私は他人が踏み固めた獣道を歩いているだけで、本質は何も変わっていなかった。
……そんなことで得られるものだったら、なんて容易かっただろうかと私は嘆く。
自分だって、外見ばかりが全てじゃないのはよく知っている。中身こそ本質であることはよく知っている。
それでも、筆は一向に進む気配がない。
「あなたの『個性』を教えてください」
――私の個性とはなんだ?
「あなたの『夢』を教えてください」
――私の夢とはなんだ?
「あなたの……」
――――私とは、なんだ?
私は黒い絵の具をバケツに入った水に溶かした。
全てを統べる、宙の色。光の届かない、海の底の色。私の心と同じ色の水が入ったバケツをキャンパスにぶちまける。罵詈雑言と共に、ぶちまける。
こんなことをしても見つかる訳でもない、こんなことをしても満たされる訳ではない。
ただ、ひたすらに、心に巣食う『虚無』という怪物を追い出したくて、叫ぶだけだ。
私は大きく、息を吸う。
今の私は、
それでも、ずっと続けている自問自答を、答えなど無い無理難題を、今一度声に出して問いかけた。
「――『私』は一体、どこに在る?」
虚ろな心 白江桔梗 @Shiroe_kikyo
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