第19話 花の魔女の焦心苦慮・8

「…側女殿は、父君がグリムリーパー…というやつなんだな」


 カールの今更な呟きに、アランはこの講義がカールに向けられたものだったと思い出す。

 彼の勉学の邪魔をする意図はない。アランが意識して口をつぐんでいると、ターフェアイトは、ふ、と笑ってカールに視線を向けた。


「ああ。リーファは、グリムリーパーの父親と人間の母親の間に生まれたハーフだ。父親がグリムリーパーだと、子は母親と同じ肉体を有した状態でグリムリーパーの性質を受け継ぐようだね」


 断言をしない辺り、の大魔女と言えどグリムリーパーのハーフの生態は不明瞭なのだろう。『父親が』と前置きしたのは、女性のグリムリーパーがほぼ絶滅しており仮説自体が立てられないからか。


「ハーフは皆そうなのか?」

「個人差はあるらしいね。全く性質を受け継がないヤツ、霊感が少しだけあるヤツもいるらしい。

 そんな中じゃあリーファは異質だ。肉体からグリムリーパーを顕現させ、力を十全に振るえるハーフはあの子くらいなものだろう」


 と、ターフェアイトは一旦リーファを持ち上げるも、鼻で笑って肩を竦めた。


「ただ、グリムリーパーとしての力量は『下の中くらい』ってエセルバートは言ってたねぇ。サイスは一人分しか刈れないし、”死に際の幻視”の精度も悪いとさ。

 けどまぁ人間社会で暮らしてる分には、サイスも幻視もあまり使う機会はないからねえ」


 カールはよく分かっていないようだったが、アランはリーファのグリムリーパーとしての仕事ぶりを見てきたから思い出す事は出来る。


 特に墓地の魂回収はアランの気分転換も兼ねており、日が暮れ墓地の出入りが無くなった頃合いにリーファと出向いたものだ。墓地で過ごす魂達も、自分達の最期を自国の王が立ち会ってくれる事を喜んでいるとか。


 手際良く仕事をこなすリーファしか見ていないから、グリムリーパーのピンやキリはよく分からないが。


「あれの更に上がいるのか…」

「ああ、で一つの都市の魂全てが刈り取られた事例もある」


 ひとちたつもりだったが、ターフェアイトには届いていたようだ。ちゃんと事例を上げてくれる。

 もはや災害と言ってもおかしくない話にカールは絶句していたが、アランには心当たりがあった。


「………リーファから聞いた事がある。はったりなのかと思っていたが」

「おや、あの子が父親自慢するなんて珍しいねぇ」

「うん?」

「お?」


 いきなり湧いた父親の存在に、アランは怪訝に聞き返す。ターフェアイトも齟齬が出ていると気付いて首を傾げていた。


 そしてしばしの沈黙の後、その出鱈目なグリムリーパーがリーファの父親エセルバートなのだと気付く。


「あ、ああ。父親の話なのか、それは」

「その様子じゃ、リーファも聞かされてないようだねえ………自分の功績って言ったら嘘臭く取られると思ったのか」

「そんなに信用のない父親なのか…」


 母親の話はそれとなく聞いていたが、父親の話題はあまり上らなかったと思い出し、アランは渋い顔をした。

 アランも自身の父親はあまり信用出来ない人物だったが、身近なあまり嫌悪していたアランとは違い、リーファの胸中は真逆のような気がした。少なくとも二年以上は音沙汰がないようだし、近くの他人よりも当てにならない存在なのかもしれない。


 カールは眉間にしわを寄せ唸り声を上げた。


「疑問が止め処なく湧き出ているが………今、側女殿の人間の体は、隣室のベッドで寝ているんだな?そしてグリムリーパーという存在だけが抜け出し、師匠の魂を持っているグリムリーパーの下へ相談に行っている…と」

「そういうこと」


 ターフェアイトは、それだけ分かれば十分、と言いたげに微笑み、首肯した。


「グリムリーパーに関しては分からない点が多くてね。捕らえる事は出来るが物理的にはやわくて、些細な事で消滅しちまうから研究が進んでいないんだ。

 かと言ってグリムリーパーに危害を加えれば、住んでる都市ごと滅ぼされる。伊達に神の名は冠してないんだよ」


 神、の単語に、アランは薄ら寒いものを感じた。

 都市一つを滅ぼした先の話など、まさに神罰と言えるだろう。かつてラッフレナンド城下を恐怖の渦に落とし込んだ魂の騒動など、ちょっとした悪戯みたいなものだ。


 アランの場合、リーファ個人に対して既に色々とやらかしている自覚はある。

 死神グリムリーパーの機嫌をこれ以上損ねない為にも、リーファの地位を誰にも侵されないよう固める必要があると言えた。


「カール。あんたがグリムリーパーをどう思うかは勝手だが、命が惜しけりゃ余計な詮索はしない方がいい。

 あいつらには、他種族への情なんてものはない。狩る必要があるかないかで距離を測ってるだけだ。

 そして同胞への思い入れは、家族愛って言うよりも自己愛の類だ。グリムリーパー一人を傷付ける事は、グリムリーパー全体を敵に回すと同義だと思いな」


 真顔で告げるターフェアイトの言葉の一つ一つは、見聞きして感じたものというよりは、身をもって知ってしまったかのような口振りだ。

 グリムリーパーとの付き合いがあったターフェアイトがどう乗り越えてきたかは分からないが、彼女の『普通なら死んでる』という言葉は実体験から来るものなのかもしれない。


「………分かった。元より、そのつもりだ」


 師の忠言がどれほど届いたのだろうか。カールは神妙な面持ちで粛々とうなずいたのだった。

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