第18話 花の魔女の焦心苦慮・7

 ターフェアイトの姿に時折白い霞が帯びるようになり、リーファが為していった具現化に綻びが出始めているのだと気付く。本人も分かっているようで、霞んだ足元に目を落としているが、座学を終わらせる気はないようだ。


「とまあそんな性質だから、グリムリーパーには天敵となるものが存在しない。魂の食物連鎖上は最上位と言えるが、連中が死んでも下位のアタシ達が恩恵を受ける事はないからねえ」

「…ふ。”死神狩り”をしていた魔術師が、それを言うのか?」


 なじるつもりでアランが指摘してやると、ターフェアイトは目を細めてにんまりと微笑んだ。


「おやおや、王サマが知ってるとはね」

「リーファが姉弟子から聞いたそうだ。グリムリーパー達からは聞いていなかったようだな」

「連中にとっても黒歴史だったんだろう。平和な城下暮らしのリーファに聞かせるような話じゃあないさ」

魔術師嫌いの国ラッフレナンドで暮らしている内は、その脅威に晒される心配はない、と。確かにな」


 得心が行って、アランは感嘆の吐息を零した。


 現在のラッフレナンドは魔術師の入国を制限している訳ではないが、魔術師用の法律自体は存在しており、それなりに重い罰が設けられている。

 それでなくとも民の魔術師に対する風当たりは未だ強く、風評も相まって魔術師である事を隠して入出国する旅人は多いようだ。


 今でこそ魔女として矢面に立たされているリーファだが、かつては魔術師忌避の風潮に溶け込んでいたのだ。

 魔術を習得して多少は肩身の狭い思いをしただろうが、グリムリーパーとしては魔術師に狙われる心配をしなくて済んでいた、とも言えるだろう。


 新しい単語の意味に理解が遅れていたカールが、やや置いて顔を上げる。


「し、師匠。死神狩りとは………それは、つまり───そんな事を、していたのか…!?」

「ふふん、そんな顔しなさんな。人間だって魔術の燃料にするような業界だよ?高純度な魔力を持つグリムリーパーなんて、喉から手が出るほど欲しいに決まってるだろう?」

「──────」


 あっけらかんと肯定したターフェアイトを見て、カールは色を失っている。魔術師とはそういうものだと彼も分かっていたはずだが、リーファとの繋がりを感じて拒否反応が出てしまったらしい。


 消沈したカールを見てほくそ笑んだターフェアイトは、ふと表情を消してアランに目をくれた。


もっとも、グリムリーパーをし続けたアタシ達を、グリムリーパーの王は黙っていなかったようだがねえ。後から聞いた話だが、魔術師王国マナンティアルも粛清される予定はあったらしい。

『革命とやらがなくても滅ぼしていたよ』ってエセルバート───知り合いのグリムリーパーに言われたからね」


 身内を傷付ける魔術師達は、グリムリーパー達にとって憎悪の対象だったのだろう。アランの祖先の決断が早かったのか、グリムリーパー達の決定が遅かったのかは分からないが、粛清の後事まで考えていたとは思えないし、巻き込まれる前に革命へこぎ着けたのは正解だったと思うべきか。


 それよりも、聞いた名が出てきてアランの耳が反応した。


「…リーファの父親か」

「ん、会った事あんのかい?」

「いや、ない。外回りをしているそうでな。家にも戻っていないようだ。

 しかし、グリムリーパー王とはまみえたぞ。二度ほどな」


 さすがのターフェアイトもグリムリーパーの王との面識はなかったらしい。目を丸くしている。


「おお、そりゃすごいね。どんなやつだった?」

「人間に近い中年男性の姿でな。概ねそちらが言っていた通りの見た目をしていて───」


 四百年生きた大魔女すら知り得ない話を、アランは最初こそ得意気に語った。しかし、グリムリーパーの王ラダマスの顔がちらついた途端に寒気が走り、たまらず自身の腕を擦った。


「…あの全てを焼き尽くすような眼光………今思い出しても鳥肌が立つ…!」

「死神達を束ねる王だからね。そりゃそうだ」

「おまけに蛇蝎だかつの如く嫌われた」

「はっはっは。『嫌われた』で済んだなら大したもんだ。普通なら死んでるよ」


 ターフェアイトの言葉を、アランは否定出来なかった。一度目のアランの態度は決して良いものではなかったし、二度目なんて記憶喪失になったリーファを困らせた時だった。リーファの取り成しがなければ、確実に死が待ち構えていただろう。


「にしても、王サマがグリムリーパーの王と接点があるとはねえ」

「リーファを側女にしていなければ起こらん出会いだった。あの時ばかりはリーファを恨んだものだ」

「だったら、手放せば良かったじゃないのさ」

「………そう言われてしまうとな。思えば、あの頃からだったのかもしれん」


 アランの唐突な惚気に、ぼはっ、とターフェアイトが吹き出した。


「めろめろ…っ!めろめろ、とか…っ!あっはははは…っ!!」


 肩の上に突っ伏して大爆笑しているターフェアイトを見て、アランは馬鹿な事を言ったと後悔した。

 熱くなった顔を片手で隠し、アランは申し訳程度に頭を下げた。


「…口が、滑った。リーファには、言わないでくれ…」

「って事はリーファにも言ってないのかい。あの子そういうとこ鈍いから、ちゃんと言ってやんないと伝わんないよ?」

「分かっては、いるのだがな…」

「甲斐性無し…」

「こんなののどこがいいんだ…」


 能面のような表情のシェリーとカールからも侮蔑の言葉が飛んできて、アランはがっくりと項垂うなだれた。


 あれからというもの、リーファには大した睦言が言えていなかった。呪いの類かと疑いたくなる程に、彼女を前にすると口から何も出てこなくなるのだ。


 今更、という気持ちがよぎってしまうのだろう。

 既に幾度となく求婚しているし、リーファの妊娠で子供の事を話し合う機会も増えている。周囲からは『夫婦のよう』と茶化される中、何を言えばリーファの心に届くのか分からないのだ。


「んっふふふ。あの子も面倒臭いのに惚れ込まれたもんだ。まあ鈍いったっても感性は人並みだし、精々頑張ればいいんじゃないかい?

 ただ、父親エセルバートには注意しときなよ。あいつは本当によく分かんないやつだから、いきなり魂刈り取られるかもしれないけどねえ」


 どうやらリーファの父親は、ラダマス以上に厄介な人物らしい。ターフェアイトは何かを思い出して愉しそうに身震いしている。


 アランはまだ見ぬしゅうとを想像して、薄ら寒い気持ちになったのだった。

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