第17話 花の魔女の焦心苦慮・6
「し、師匠、そろそろ教えてくれ。グリムリーパーとは一体何なんだ?側女殿は、何者なんだ?」
こちらの会話に割って入ったのは、先程からずっとソワソワしていたカールだった。話が途切れた時ではあったが、それ以前にアランへ配慮する気がないらしい。自分への質問を優先するべきだ、と顔にありありと書いてある。
弟子の図々しさにターフェアイトは苦笑した。この不遜な性分ばかりは師の所為ではないだろうに、『うちの馬鹿弟子が悪いねぇ』と言いたげにこちらに目配せをしてくる。ただ、
(同族嫌悪…なのだろうな。だがギースベルト派から離反した今、私に嫌悪はあれど害意は向けてくるまい。放っておくのが最良か)
アランとしても、カールのとげとげしい態度は生温かい気持ちで受け入れていた。年齢はそう離れていないはずだが、この心境は反抗期を迎えた子供の親に近いのでは、と考えている。
他者に対しどこか受け付けない気持ちがある、というのはアランも経験がある。そうした時に突き詰めていくと、”距離”に原因があるのでは、と思い至る事があったのだ。
恐らく、カールとアランの間で何かが近過ぎるのだろう。物理的あるいは精神的な距離感、性格や考え方、出自や生い立ち───それらが近い故に、自身と比較してしまい嫌悪してしまうのだ。
「…ああ、こちらの聞きたい事は概ね聞けた。好きにしてくれていいぞ。何なら私も聞く」
用向きは済んだので下がらせても良かったが、リーファがターフェアイトの残留思念を土産に戻ってきた時、カールを追わせるのも呼びつけるのも手間だ。時間潰しに、大魔女視点のグリムリーパーという存在も聞いてみたいのもあった。
ふむ、と一息置いて、ターフェアイトは話し始めた。
「…グリムリーパーっていうのはね、人間や魔物とは異なる第三の種族と言われてる。強固な魂と不動の精神を持ち、膨大な魔力を
非実体化中の特性から”亡霊の亜種”と片付けられてるけど、当人達に言わせれば『失礼な話』なんだそうな。
その姿形は個人差が大きくてね。人間らしい見た目の者もいれば、動物の姿を取る者もいる。だが、赤系統の体毛と瞳を持ち、花のような香りを纏っている点で共通している」
リーファの容姿を思い出しているのだろう。カールは衝立で遮られた先にある寝室へと顔を向け、物憂げに呟いている。
「…赤系、というのなら、
「ここらじゃあね。だが土地によっては、その容姿は奇異に見られる事もある。迫害を嫌って距離を置いてるやつもいるよ」
このラッフレナンド界隈で暮らす者達は、その多くが茶髪か黒髪だ。貴族は金髪が比較的多いが、全体で見れば少数と言える。
アランにとっては目に付く茜色の髪と
「…そういえば、甘い体液も有していたな」
ターフェアイトの口から出てこなかった情報をアランが言ってやると、彼女は口の端を吊り上げ嬉しそうに反応した。
「おや、味見をしたのかい?」
「ああ。花の蜜のような濃厚さでな。場所によって風味が異なるのだ。あれは良い。癖になる」
「はははっ。それはさすがに知らなかったねえ。カール、貴重な情報だ。覚えときな」
「は、はあ…」
朴念仁のカールも、こればかりは猥談だと気付いたようだ。くしゃっと顔を歪め、嫌々と頷いていた。
「さてさて、話を戻そうかね。
空間を超越し、人の死期を
「”聖域”へ通じる…”腹”?」
「何でもね。腹の中には、魂の安らぐ場所へ続く扉があるんだとさ。グリムリーパーが口から取り込んだ魂は、腹を経由して聖域へ送られるらしい」
かつては話半分に聞いていたものも、第三者から言葉にされると現実味を帯びる。間近で見続けてきたグリムリーパーの力も、人間では成し得ないものなのだと感じさせる。
人間として生き、人間に寄り添っていても、その内側は人間ではないのだ。リーファは。
「さて、急ぎ足で説明したけど…質問は?」
「………”聖域”とは…あの、創世神話に出てくる聖域で合っているのか…?」
「ああ、その聖域で合ってる」
創世神話───それは、創造神が世界と人々を生み出した過程を描いた神話の事だ。
初代聖王により綴られた神と人の歴史は、聖典という形で聖王都に奉られており、代々の聖王によって口伝という形で広められている。
聖域とは、その聖典に綴られている土地を指す。生き物が死を迎え、魂だけとなった時に向かう場所だ。
長い旅路の末に聖域へ辿り着いた魂は、そこにおわす創造神に自らの功罪をさらけ出し、因果を濯ぐ為に深い眠りにつくのだ。
そうして穢れを落とし切った魂は目を覚まし、新たな生を求めて現世へと旅立つ───と言われている。
(そういえば、聖典の逸話の中に、魂達の旅路を手助けする”渡し守”なる存在がいたな………初代聖王は、グリムリーパーを認知していたのだろうか?
奇跡によって魔王の軍勢を打ち払い、人間の領地を瞬く間に奪還していった伝説上の存在なら、知っていてもおかしくはないが…)
脳裏に湧いた仮説を、アランは首を振って払った。リーファに繋がるとはいえ、伝説の論証をしている程アランも暇ではない。
しかし似たような事を考えずにはいられなかったのだろう。カールもまた、頭を抱えて唸り声を上げていた。
「神話は事実なのか…」
「あくまでグリムリーパー達がそれを信じてる、ってだけの話さ。所謂『諸説あります』ってやつだ。
実際、グリムリーパーがいない土地には、亡霊やゾンビが徘徊しやすい。大亡霊に変じる場合もあるし、死霊術師の格好の溜まり場にもなりがちだ。
聖域の有無は
あんたも好きに考えればいいんじゃないかい?」
つっけんどんではあったが、ターフェアイトの言は一考の余地を与えるものだった。神話を現実に無理矢理に当てはめる必要はない、という考えは、アランの胸にも刺さるものだった。
(神話上の生き物だろうが非現実な存在だろうが、リーファはリーファだ。我らを隔てる不明瞭な考えはいらない、か…)
「………とりあえず、分かった。話を、続けてくれ…」
カールも同じ結論に至ったようで、納得には程遠くとも粛々と頷いていた。
やはり、彼と自分はどこか似ているのかもしれない、とアランは思ったのだった。
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