第16話 花の魔女の焦心苦慮・5

 やがてターフェアイトはアランに視線を合わせてきた。すっきりした面持ちで首を傾げ、口を開く。


「話を戻すよ。結論から言えば、リーファなら施設への侵入も管理もこなせるだろう」


 あっさりと可を認めてきたターフェアイトを、アランは怪訝に見つめ返す。嬉しくない訳ではないが、疑問は自然と湧く。


 アランは空になったティーカップをソーサーへ戻し、内ポケットに忍ばせていたピンク色の香水───”沈黙の霧”───を取り出した。斜め上へ向けて噴霧すると、幾ばくもかからず甘い香りが部屋を満たしていく。


 ターフェアイトは、カールと一緒に不思議そうに天井を一瞥した。


「おや、虫よけかい?」

「いや。今更だが、音漏れ対策だ」

「へえ、あちらの物品か。最近はあんまり使ってなかったけど、今度リーファにカタログ見せてもらおうかねぇ」


 どうやら魔物の通販を利用した事があるらしい。魔王軍と敵対していた大魔女が、魔物の通販を活用していたのはさすがにどうなのかと思うが、長く生きていればそういう事もあるのかもしれない。


「そんな事よりも、リーファの素質とてそう変わらないのではないか?」

「ん、ああ。リーファは集中力は並外れてるが魔力と道の数は人並みだね。だがそれは、ならの話さ」

「………グリムリーパーならば、可能だと?」


 香水瓶をポケットへしまいつつ、リーファが持つ唯一無二の特異性を挙げると、ターフェアイトは満足そうに頷いた。


「肉体ってのはね、人間にとっちゃ人格を維持する枠組みだ。だが強固な精神と豊潤な魔力を有したグリムリーパーからしてみれば、ただの枷にしかならない。

 グリムリーパーのあの子は、かなりの魔力を有してるよ。道の数もそれなりに増える。施設に入る条件としては、充分だ」


 望んでいたものが現実味を帯びてきて、アランの吐息に感心の熱がこもる。


 施設への侵入は、恐らく生前のターフェアイトのように魂の実体化が出来る程の力量が求められるのだろう。元よりその力を有しているグリムリーパーなら、何の障害にもならないのだ。


「───ま、アタシは勧めないけどねえ」


 ターフェアイトは、喜んでいる者を蹴飛ばす趣味でもあるのか。期待を持たせた途端冷や水を浴びせるような一言に、アランの浮かれていた気持ちが一気に萎える。

 しかめた顔を向けてやると、大魔女はしてやったり顔を返してきた。やはりわざとらしい。


「…何故だ」

「あの子には、魔術師に必要な”精神的基盤”が欠けてる」

「精神的、基盤…?」

「言い方を変えれば、魔術師としてのでっかい夢、ってところかねえ?ないって事はないが、まあまあ物足りない」


 アランは顎に手を当て、かつてリーファが思い描いていた妄想ゆめを思い出す。城での務めが終わった後にやってみたい事。アランの横槍もあって、なかなかの出来になった絵空事だ。


「夢…か。以前、魔術の雑貨屋をやりたいと言っていたな」

「雑貨屋は雑貨屋で構わないんだけどさ。でもあの子の口振りじゃ、何が何でもやりたいって感じじゃなかったろう?それじゃ駄目なんだよ。

 管理には危険が伴う。魔術と共に生き、探究に命かけられる位になってもらわないとさ」


 確かにリーファが考えていたものは、店に出したい商品や内装などの細々したものばかりで、開店までの具体的な段取りまでは思い至っていなかった。単に知識がないだけだったとしても、本格的に店を出したいならもう少し考えは練っていたはずだ。

 結局は妄想の域を出ない話、とリーファが半ば諦めていたのだとしたら、あの知識不足は納得が行く。


「リーファ自身の意識改革が必要か…」

「あの子だって寿命は人間並みだ。勿論、後釜の事も考えないといけないけどさ。まあまずは、そこからだね」


 ターフェアイトの言葉は、リーファの待遇をおざなりにしてきたアランを責めているようにも思えた。


 今のリーファは、城を出る事ばかりを考えている。側女としてのルールや”死に際の幻視”によるアランの死の未来に加え、今度は魔術師としての世間の目がリーファを城から遠ざけようとしている。

 それも元はと言えば、アランがリーファにそうあれといてきたからに他ならない。


わたしの子を産み、心を満たすだけの女では駄目なのだと───国を支える魔術師としてリーファの心を育てよ、という事か…)


 もしかしたら役人達や民衆を説得するよりも余程厄介かもしれないが、ここで引き下がる訳にはいかない。


「ゴミ捨て場とは言ったけど、そのゴミも上手く解体すれば高純度の素材になる。城の改修の素材も、ここにあった物を一部再利用してるしね。

 元々あそこは不用品を仮保管して、必要に応じて解体して資源にする施設だった。だから扱いを間違えなきゃ、そこそこ使い道はある」


 口では『勧めない』と言っていたターフェアイトだが、施設の話をするその面持ちは、どことなく使って欲しそうにも見える。リーファの考え方だけが問題であって、後世に継がせたい気持ち自体はあるのだろう。


「あの施設の管理権限を持ってるヤツはもう誰も生きちゃいない。アタシも、こんなナリじゃさすがに入れないだろう。だからリーファに使わせたいってんなら、好きにすればいいさ。合い言葉パスワードも登録の仕方もリーファに伝えよう。

 でも、アタシは説得する気はないからね。王サマが、ちゃんとあの子を納得させな」

「…分かった。こちらから話すから、リーファには伏せておいてくれ」


 不機嫌に目を泳がせているカールの横で、ターフェアイトは小さく頷いた。側に控えていたシェリーも、恭しく頭を下げる。


 リーファの立場の底上げの目途は立ったが、問題は山積している。

 執務室へ戻った時に兵士達から軽く報告があったが、やはり嘆願書の一部でかさしや偽造の痕跡が見られたようだ。城下どころか城内すら敵が潜んでいる、と考えていいだろう。


(今この話を打ち出してもリーファが納得するとは思えん。まずは不安要因を全て取り除いてやってからだな。

 ああ…こんな時、ヘルムートがいてくれればな…)


 こうした情報収集はヘルムートが得意とする所だが、ここしばらくは城から出していた。そう何度も城を空けられないアランの名代として、ギースベルト公爵の連行に参加しているのだ。『二度と日の目を見れないようにしてくるよ』と珍しくお冠だった彼は、公爵の沙汰が決まるまで戻れないだろう。


 無い物ねだりをしても仕方がない、とアランは物憂げに溜め息を零したのだった。

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