第15話 花の魔女の焦心苦慮・4
リーファが部屋から離れて少しばかりが経ち、正妃の部屋全体を構成していたものの一欠片が消失した気がした。
リーファの肉体は、寝室のベッドで横になっているはずだ。にも拘らずその気配だけが忽然と消え、グリムリーパーのリーファが出掛けていった事が察せられた。
サイドテーブルにシェリーが配した紅茶の香りがふんわりと立ち上る中、リーファの遠出を待っていたかのようにターフェアイトが話し出した。
「んじゃあまずは、仕事を先に片付けちまおうかね。
西の遺跡はね、
だが、ただのゴミ捨て場じゃない。当時の魔術師達が扱い切れなくなった物が、二度と使われないよう放り込まれてんのさ」
初夏に入り日差しの強さに滅入るような陽気の中、ひやりとしたものが背を抜ける。”当時の魔術師”というものは、目の前のターフェアイトを基準にするしかないというのもあるが。
「………それは、危険なものではないのか?」
「物による、かねえ。術具ってのは、製造者にとっては誰でも使えるように作るもんだが、使用者にとっては自分だけが扱いやすくなるよう改良するもんさ。
専用化した物の殆どは、他のヤツには扱えないようになる。もしくは威力が落ちる。でもね、時々暴走しちまうものもあるんだよ。
あんな辺鄙な土地に施設を作ったのは、何があってもここまで被害が及ばないからさ」
アランは言わずもがな、ターフェアイトの横で聞いていたカールも息を呑む。
あの遺跡の周辺は、水源はおろか草木もろくに生えない荒涼とした土地だ。その遥か西には国境となっているアダジェット山脈があるが、標高が高過ぎて通行には向いていない。
ラッフレナンドとしても持て余している土地と言えたが、それは魔術師王国にも言えたのかもしれない。災害級の事故が起こったとしても、国にとっては被害が軽微で済む土地なのだろう。
「…リタルダンド国の魔術師が探索に来ているという。ロクに調べもしていない我々もどうかと思うが、放置していても良いものなのか?」
アランは問いながら、白磁のシュガーポットから砂糖をティーカップへ入れていく。一杯、二杯、三杯、とスプーンで注がれる砂糖の量に、カールは目を丸くしていたが、アランからしたらこれでも減らした方だ。
「あそこの侵入には、幾つか条件があってね。
最低でも、百年に一人いるかいないか、って程度に魔術の素質が全て飛び抜けてるやつじゃなきゃ入れないようにはなってるのさ。
魔術師が集まってたあの頃だって、登録出来たやつはアタシと
リタルダンド国は、不足の素質を補う為に肉体改造してるやつが多い。そういうのも純粋な素質で判定してるから、条件満たせないやつは逆立ちしたって入れないよ」
ターフェアイトの言う『百年に一人』が多いのか少ないのか分からないが、幾つか条件があるのなら、それだけでは入る事は出来ないのだろう。合い言葉、鍵となる道具なども必要なのかもしれない。
「…探索は半端者が多いらしいしな。侵入はされていないと見て良い、と」
小さく首肯するターフェアイトを見て、アランは安堵と共にカップで唇を濡らした。どうやら悪用されている心配はなさそうだ。
ふと、ターフェアイトの動く椅子───もといカール───が前に
「オレでは無理なのか…」
「ふふ、こればっかはね」
最初こそ聞き流していたカールだったが、ターフェアイトが関わっていたと知って俄然興味が湧いたらしい。しかし自身の素質では施設へ入る条件すら満たせないと気付いたのだろう。がっくりと肩を落としている。
(入れるものを絞らなければならないのだ。それだけ厄介な代物が眠っているのだろう。魔術に真摯なだけでは管理は務まらないという事か)
しょげるカールとその頬を撫でて慰めているターフェアイトを見やり、アランは
だが、彼女の他の弟子ならどうだろう。
「…その施設の管理、リーファに任せられればと思ったのだが…難しいのだろうか?」
アランの疑問は、カールを真顔にさせ、ターフェアイトに挑発的な笑みを作らせるものだった。
どこか愉しそうに、ターフェアイトがアランを見据える。
「………そんな事だろうと思ってたよ。本気かい?」
「今、この国では花の魔女の断罪が問題となっている。何者かによる悪意の吹聴によって、リーファが恐怖の対象へとされようとしているのだ。
だが私は、この国でリーファを生かすならば魔術師以外の道はないと考えている。
上等兵の言っていた聖女云々にも繋がるがな。民にリーファの存在を認めさせる為に、押し付けられた
その為に西の施設の管理を足掛かりにしたい。他国の魔術師達が目を付けるような遺構なら、”管理者リーファ”の名と共に国内外に認知させる価値はある」
アランの長広舌を、ターフェアイトは、フン、とせせら嗤った。
「リーファを想って言ってるような口振りだけどさ、何だかんだ王サマがリーファを手元に置いときたいだけだろ?」
「ああ、その通りだとも。女としても、伴侶もしても、魔術師としても、グリムリーパーとしても、リーファは私のものだ。他の誰かにいいようにされる道理はない」
「───ッ!」
当然の事を言ったまでなのだが、何故かカールは今にも噛みついてきそうな形相でアランを睥睨してきた。
しかしその肩の上では、ターフェアイトは顔を押さえて爆笑していた。
「はははははっ!いいねえ、強欲だ。実に、実に王サマらしい発想だよ。
周りの迷惑や気持ちなんざ微塵も汲みやしない。自己中心的で我が儘で傲慢で偏屈で、誰かさんにそっくりだ!」
散々な言い様だが、ターフェアイトはアランを罵倒も侮蔑もしなかった。おかしな事を言ったやつを笑っただけ───人形のような小さい顔には、そう書いてあるかのようだ。
アランやカールの不可解を余所に、ターフェアイトは
「───でもこういうのに、皆惹かれるんだろうねぇ」
そうして物憂げにこちらへ向けた青紫色の双眸は、どこかアランを見ていないように思えた。遥か彼方に思いを馳せているようだ。
(魔術師達の王…カロ=カーミス、とやらの事か)
以前も似たような反応をされた事があった。
アラン自身と祖先が打ち倒した者とを重ねられるのは、何だか奇妙な感じではあったが、”王”という枠組みだけで考えるのなら、ターフェアイトの懐古もあながち的外れという訳ではないのだろう。
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