第13話 花の魔女の焦心苦慮・2

「ペッテルさん、何を言いたかったんでしょう…?」


 一連の流れを理解出来ないリーファは、ペッテルが去っていった扉を見つめ小首を傾げている。恋愛感情に鈍くなるという、グリムリーパーの魂の制約は今日も健在だ。

 しかし無自覚だからと言って、異性をその気にさせてしまう振る舞いは、アランとしては気が気でない。


「………お前は罪作りな女だな」

「え………わ、私、何かしました?」

「いや、いい。むしろお前はそうあるべきだ」

「………なんか、駄目な気がするんですが。でも、アラン様がそういうのなら………」


 リーファは唇を尖らせ納得していない様子だが、追及は無意味だと悟ってもいるようだ。アランの心の機微を察する事は出来るのだから、恋愛感情の鈍さも学習で何とかなるものかもしれない。


 ふとリーファは、アランの後ろで控えていたカールに気が付いた。


「カールさんも一緒だったんですね。───って何食べてるんですか」

ほうられうになっ

「あ、ああ、良かった。とうとうネックレスを食べて、師匠と一つになろうとしたのかと」


 酷い言われようだが、カールならやりかねないと思えるのが不思議だ。そしてカールもまた、まんざらでもなさそうに頬を染めていた。


「………れも、いいなひひはぁ………」

「おなか壊すだけですからやめましょうね?

 ───シェリーさん、すみません。ネックレスを濯いできてもらえますか?」

「かしこまりました。しばし、お待ち下さいませ」


 シェリーはカールに近づき、彼の唇から零れたチェーンに指を絡めた。

 顔を強張らせ抵抗の姿勢を見せたカールだったが、妖艶な笑みを浮かべたシェリーが彼の唇をなぞると、ビクリ、と体を震わせる。その怯んだ隙を見計らって、ずるりとネックレスは引っ張り出されてしまった。


 顔色一つ変えていないが、唾液で粘り気を帯びたネックレスを直に触るのは嫌だったのだろう。ソファからタオルを回収していたシェリーは、そのタオルでネックレスを包み、さっさと正妃の部屋を出て行った。


「さあ、立ち話も何ですから、ふたりともおかけになって下さい」


 施術の邪魔になるからテーブルは片付けられていたが、部屋にはソファの他、椅子とサイドテーブルが用意されていた。アランは今し方まで施術をしていたソファに、カールとリーファはそれぞれ赤のチェック柄が美しいアンティークチェアに腰を下ろす。


(師匠を愛してやまない彼とて、年上女シェリーの生身の色香には敵わないものなのか…)


 一瞬の動揺で大切なネックレスを奪われたカールはそこそこ落ち込んでいた。そこを見抜いて掠め取ったシェリーに感心しつつ、アランはリーファに顔を向ける。


「先の兵士………やはり、あれか?」

「ええ、はい。やはり、肉体から魂が出ていた方でした。亡くなったおじいさんを見たそうで、記憶の混濁も見られましたね。

 また似たような症状は出るかもしれませんが、とりあえず一通りは診られたのでほっとしています」

「………何の話だ?」


 気になる話題だったのだろう。アラン達の会話に、カールが割り込んでくる。


 リーファは顎に手をやり少しの間考え込んでいた。逢瀬を重ねていたアランはそれとなく話は聞いていたが、会う機会が減っていたカールには話していなかったようだ。


「ええっと………今回私の所へ治療に来てくれた方達ですけど、その殆どが例の襲撃で肉体から魂が切り離されていたんです。

 傷が癒えれば、勝手に繋がる事もあるんですが…万が一を考えて、”ラフ・フォ・エノトス”の臨時プログラムに少しアレンジを加えておいたんです」

「臨時プログラム………”魂の帯を辿りヲッロフ・エウツ・トゥレブ・フォ・ルオィ・ルォス汝に還れドゥナ・ンルテー・オツ・ウオィ”───が含まれていた回復魔術か」


 印象に残る文言だったのだろう。カールが流暢にフェミプス語を口ずさむと、リーファは微笑んで感心していた。


「はい。あれが、肉体と魂を繋ぐプログラムでした。

 父の家系の技術で、言語化でちゃんと繋げられるかは不安だったんですが………やっぱり綺麗に、とは行かなかったみたいですね。今回、最適化デフラグと一緒に不具合も見直せて良かったと思います」

「…そうか。病後支援アフターケアなのかと思ったが、挽回リカバリをしていたんだな」


 腑に落ちた様子のカールの指摘に、視線を落としたリーファの顔がわずかに曇る。


「…そうです。私のミスを私が対処しただけです。皆さんには、悪い事をしてしまったなって…」

「待てリーファ。何故己を責める流れになる。

 グリムリーパーの力を使わざるを得ない時点で、既に人がしうる範疇を超えているのだ。死に行く定めを覆した神に感謝すれど、神が残した試練を恨む者などおるまい」


 アランは慌てて口を挟み、カールを半眼で睨みつけた。なじる意図がないのは彼の性格から分かっているが、それにしても言葉の選びようがあったはずだ。


 カールも失言に気付いたようで、バツが悪そうに頭を下げてきた。


「すまない、側女殿。不躾ぶしつけが過ぎた。

 し、しかしそれは、俗に言う”蘇生術”というやつではないか?側女殿が為した魔術は、聖女と称されてもおかしくない偉業だとオレは思ったんだ」


 ”蘇生術”と呼ばれるそれは、どのような病気負傷状態でもたちどころに全快させてみせる術、と言われている。

 教会の最高位であり、人間の守護者でもある聖王のみが会得していると伝えられているが、『奇跡は無闇に見せるものではない』との方針で、どういった効果があるのかは明らかにされていない。

 徹底した隠蔽の結果、ちまたの噂は尾ひれがついて広まっており、『死体をも生き返らせる』『塵一握りでも蘇生出来る』『教会上層部は”蘇生術”を独占して何百年も生きている』なんて話も聞く秘儀だ。


(神が授けた奇跡とも言われる”蘇生術”だが………こちらはこちらで魂の管理者たるグリムリーパーの技術だ。ともすれば、”蘇生術”以上の奇跡と言えるかもしれんがな…)


 アランの懸念を余所に、リーファがカールに照れ笑いを向けている。


「えっと………これは、普通の人なら諦めてしまう怪我や病気でも、医者なら助けられる…というのと同じだと思うんです。

 見ようによっては、それは偉業と呼べるのかもしれませんけどね。

 私の”目”には、皆さんがここで亡くなるようには見えなかった。だから、私が出来そうな処置をした。それだけの事なんですよ」


 大した事はしていない、と誤魔化すリーファに対し、カールは不満げだ。腰こそ上げていないが、端正な顔立ちをリーファに寄せて行って懸命に食い下がる。


「側女殿はもっと胸を張って良いと思うんだ。兵達からも『側女殿の力になりたい』とよく聞くようになったし、ラッフレナンド国に聖女リーファの名が広まれば───」

「ラーゲルクヴィスト上等兵、少し落ち着け。リーファが困っているだろうが。

 それに………リーファを聖女にするには何かと問題がある」


 熱い主張はアランによって遮られ、たじろいでいたリーファが視界の端で胸を撫で下ろしている。


 リーファに向けられていたカールの熱意は、今度は怒気を織り交ぜてアランに向く。『王が不甲斐ないからオレなりに考えたのですが??』と顔に書いてあるかのようだ。


「問題、とは?」

「一人の女性を聖女と呼ぶ場合、まず教会の認定が必要になってきてしまうのだ。

 教会の聖女認定は幾つかの段階を踏む。まずリーファの素性を洗い出し、リーファが人間である証明が必要になる。

 リーファは聖王都へ連れて行かれ、様々な審査を受ける事となる。グリムリーパーである事実まで調べられてしまうと…何かと厄介だ」


 リーファの面持ちに困惑が浮かんだ。今までひた隠ししてきた出自がこんな形で露見するのは、魔女裁判などよりも余程厄介だと気づいたようだ。


「そ、それは確かに困りますね。………そういえば建国の聖女は、建国の時に教会の認定を受けたんですか?」

「いや、そういった話は伝わっていないな。先王が申請した聖女認定は、彼女がした偉業を総合して認められている」

「ではそれまでは非公式扱いだったんですね。

 …死んだ後なら出自が不明瞭でもいい、って言うのは何だか不思議ですね…?」

「デメリットを恐れるのだろう。聖女と認めた後になって聖女自身が不祥事を起こしたら、その責は教会にも及んでしまうからな。

 死者ならば功績だけを見ればいいし、仮に問題が見つかったとしても揉み消しは難しくない」

「なるほど…」


 感心した様子でリーファが吐息を零す。ホッとしているように見えるのは、余りにも重過ぎる”聖女”の肩書きを背負わずに済んだ事への安堵か。


 一方、肩を落としたカールの失望が溜息となって部屋に広がって行く。


「側女殿が聖女として認められれば、民衆は手のひらを返して崇めるようになるのでは、と思ったのですが………難しいのですね」

「こちらとしても、そうした形で認めたいのは山々なのだがなぁ…」

「や、やめましょうよ、そういう大変そうなお話は。私はただ、落ち着いて出産したいだけなんですからぁ…!」


 リーファの泣きそうな抗議に、アランは思わず口元を緩めた。国を揺るがす魔女騒動の発端は、この胎の子を守り抜きたいと願う母心なのだ。これほど頼もしい親はなかなかいるものではない。


(リーファは母親として務めを全うしようとしている。私も負けていられんな)


 アランは心に誓う。リーファの希望通りになるかはさておき、彼女と胎の子を守る為に必ずこの状況を打破してみせよう───と。


 リーファに心を傾けた、会話が一瞬途切れたその時、不意にカールは顔を上げアラン達に訊ねてきた。


「…時に話は変わるのですが───グリムリーパーとは、何なのですか?」

「「──────え」」


 本当に今更な質問に、アランは勿論リーファも耳を疑った。


 カールを見やると、彼の菫色の双眸は戸惑いに揺れていた。まるで自分だけ常識を知らないような、話について行けない自分を恥じるような後ろめたさが伝わってくる。


「人や神がどうとかと、まるで側女殿が人ではないように聞こえたのですが…」

「「………………」」


 返答に窮して、アランはリーファを盗み見る。リーファもまた、冷や汗をたらたらと流してアランを見つめ返していた。何も話していないのは明白だった。


 カールは、リーファがグリムリーパーと人間のハーフという事実を知らないのだ。というか、それ以前にグリムリーパーという種族すら知らないのだろう。

 彼の探究心の範囲から外れた部分だったのか。この様子なら、ターフェアイトも教えていないはずだ。


 リーファと相談したいが、カールの面前では口を開くのも躊躇ためらわれた。代わりに、指差し、手振り、身振り、目配せ───あらゆるジェスチャーでリーファと声無き会話を試みる。


『リーファ、話さなかったのか?』

『いいえ、言った事はないです………多分』

『話が通じるからとうの昔に話したとばかり。聞き流していただけだったか』

『どうしましょう………なんて説明したものか』

『しらばっくれるのは難しいか。だが彼なら、是が非でも知りたがるはずだ』

『そうですよね。変に調べられる方が困りますし。それならいっそ───』


 思いの外会話が成立している現実にアランは胸中で驚いたが、奇跡とは案外こういうものなのかもしれない。日々の積み重ねは、予想外の事態も思わぬ形で乗り越えていけるのだ。


 リーファとの言語を超えたコミュニケーションに一区切りがつくと、図らずもふたりの答えは唱和した。


「「分かるやつに聞いてわかるひとにきいてくれください」」


 カールにとっては、唐突にアランとリーファが向き合って手踊りを始めた挙句、声を揃えて自分の質問をはぐらかしてきた状態だ。突然の珍事に目を白黒させていたが、暗に『ターフェアイトに聞け』と示した事はどうにか伝わったらしい。


「わ、分かりました。そうします」


 勢いに負けて、カールは壊れた人形のようにコクコクと頷いてくれたのだった。

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