第11話 王と兵士の暗中模索・3
───一方、
(帰りたい…)
行き先を察して、早くも引き返したい気分に駆られていた。騙されて病院へ連れて行かれる子供のような気持ちだ。
王の足が向いた先は、城の北側。城壁の真下へ続く扉を開け、牢役人達の敬礼に応えた所だ。ひんやりとした空気、しっとりとした雰囲気が、オスモの気持ちを嫌でも引き締める。
言うまでもないかもしれないが、ここは監獄だ。
「…ふ、嫌そうだな」
よく響く石畳の階段を降り切り、王は振り返ってきた。オスモの心境を手に取るかのように、その笑みには同情が込められている。
そんな事はありません、と否定する事に意味はない。しかしカールのようにきっぱり言い切る勇気もない。当たり障りのないよう、歯切れ悪く答えた。
「ええ、まあ、ええと………そう、ですね。良い気持ちではありません」
「悪いとは思っている。だがこれは、リタルダンド国の内情を知っている君だからこそなのだ」
オスモがこの先を嫌がる理由、それが王の意図と合致して、思わず溜息が零れて行った。
───偽アロイスの一団と城の襲撃犯の殆どがこのラッフレナンド城の牢獄に収容され、この一ヶ月もの間で多くの者達の沙汰が決まっていた。
極刑に処されたのは偽アロイスとその周囲の者達に留まり、殆どは労役場留置となっている。既に移送は済んでおり、各々決められた日数の労働が科されているはずだ。
しかし、諸々の事情で安易に罰を科せない者達が一定数おり、彼らはまだこの牢獄に残されているのだ。
オスモの故郷リタルダンド国から来た魔術師達もまた、国際問題があって裁判待ちになっているのである。
そして王は、同郷のオスモと彼らに話をさせたいようなのだ。
「わたしも、そこまでリタルダンド国の内側を知っている訳ではないのです。お力になれるかどうかは…」
苦い顔で言い訳はしてみるが、オスモの気持ちは別にあった。
彼らと馴れ合った覚えはないが、オスモ自身故郷ではちょっとだけ派手にやらかしており、悪い意味で顔が知られてしまっている。
ざっくばらんに言うと、とっても気まずいのだ。
「では、この西にある遺跡の事は知っているかね?」
「!」
王から思いがけない話を振られ、オスモはつい真顔になってしまった。
このラッフレナンド城の遥か西に、ここで数年暮らしていても全く話に上らない遺構が存在している。ラッフレナンド国民にとっては領土に溶けこんだ背景の一つに過ぎず、距離が離れ過ぎていて観光地にも向かない。目をくれる価値もないもの、と言えるだろう。
だが、オスモにとっては少しだけ捉え方が違う。
「………魔術師王国時代の遺物が眠る施設、と噂程度は」
オスモの返答を、王は得心が行った様子で頷いた。
「捕らえた魔術師達が、
そこまで言って、王はオスモの反応を待つでもなく背を向けた。行き先は決めてあるのだろう。石畳の廊下を行く足取りに迷いはない。
(何故だ?)
王の背中を慌てて追いかけながら、オスモの胸中には疑問符が湧いてくる。
過去の魔術師達が遺していった物品は、より高みを目指したい今の魔術師にとっては喉から手が出る程の逸品には違いない。しかし時間は有限なのだ。鍵穴が壊れた扉とにらめっこをしているより、他を当たるのが得策なはずだ。
さほども歩かない内に、王の足が止まった。右側の格子に目をやり、石床に座り込んでいた者を見下ろす。オスモも王に倣って、囚人と対峙した。
最初に目に留まったのは、暗がりの中爛々と輝く金の瞳だった。縦に伸びた黒い瞳孔は、見つめ続けていたら石になってしまいそうな威圧が込められている。
短い浅緑色の髪をかき分けた先の頭皮には、うねった蛇を模した入れ墨が彫られていた。魔力を増幅させる紋だろう。
着ていた服は、縦に長い白地の布の中央に穴が空けただけの貫頭衣だ。シンプルだが良い素材を使っているようで、汚れ一つついていない。
首には鉄製の輪がつけられているが、ただの首輪ではないようだ。体に張り巡らされた魔力の通り道を封じる、魔術師用の拘束具らしい。
男は”ツァウバー=ブッフ”と名乗っているが、これは偽名だ。
名前は自身を形作る強力な結界だが、同時に呪術の媒介にもなり得る厄介な代物だ。故に呪いから身一つ守れない半端者は、通り名を名乗って護身する事が多い。どうやら彼は、”
学院時代の同期だったオスモは、彼の本名を微かに覚えていた。
ウド=クレンゲル───確か、そんな名だったはずだ。
「ご機嫌よう、ツァウバー=ブッフ。耳の具合はどうかね?」
高圧的ではあったが、王は真っ先にツァウバーの耳の不調を気遣った。偽アロイスの一団に参加していたツァウバーは戦闘時に耳を負傷しており、その原因を作ったのは王の奇策だったとか。
ツァウバーは一度だけくしゃりと顔を歪めたが、大きく溜息を落としてから肩を竦めた。
「…これはこれは、ラッフレナンド王が直々にお越しとは。ええ、おかげ様で良く聞こえるようになりましたよ。
まさか、入れ代わり立ち代わり兵士達が治癒魔術をかけてくれるとは思いませんでしたけどねえ。魔力の貰い過ぎで鼻血が止まらなくなって、新手の拷問かと思いましたよ」
「ふふ、それは済まなかったな。兵士達の得手を増やしてやりたいあまりに、つい君達を実験台にしてしまった。
次からは参加者を倍に増やし、鼻血もすぐ止まるように鍛錬を積ませるとしよう」
王はツァウバーの嫌味を事も無げに躱し、おまけとばかりに一撃見舞ってみせた。
ツァウバーは、うっすらと笑んで凄んだ王の冗談を本気と悟ったようだ。引き気味に怯み、後ろに控えていたオスモに目を送る。
「おい、リンドロース。お前から王様に言ってやってくれよ。魔力の過剰投与は毒にしかならないって」
「囚人に人権があると思うのか?お前こそ口の利き方を気を付けるべきだろう。
あと、オレの名前はオスモ=ルオマだ。この城に勤めてるしがない衛兵で、お前とは初対面だよ。そういう事にしておいてくれ、クレンゲル」
「ええぇ………お前ってそういうキャラだっけぇ………?」
オスモからのつれない反応に、ツァウバーは渋い顔でがしがしと頭を掻いている。彼とは顔を合わせる程度の付き合いしかしていなかったはずだが、一体どんな風に見られていたのやら。
「そんな事よりも、西の遺跡を暴こうとしていたというのは本当なのか?あそこの侵入は不可能だと言われていたじゃないか」
「………まあ、いいか。隠すようなもんでもないしな。
ここしばらく、リタルダンドじゃ噂が持ち切りだよ。ラッフレナンドが急に魔術を推し進めるようになったのは、遺跡の踏破者が現れたからじゃないかってさ」
場末の飲み屋で話すような軽さでツァウバーの口から出てきた言葉に、オスモは顔を顰めた。そして彼ら魔術師が国の乗っ取りに加担した理由を理解する。
ようやく欲していた答えに辿り着き、隣にいる王が艶やかに笑みを零していた。
「…ふむ、やはり君がいると話が早いな。説明をしてもらえるかね?」
王の命令に、オスモはほんの少しだけ逡巡した。
王が魔術の勉強を始めてから一年も経っていない。オスモから言わせれば素人も同然、駆け出しとも言えないようなこの御仁に、どこまで踏み込んで話せば良いものか、と考えてしまう。
しかし自国内で起ころうとしていた厄介事を知らない方が、王としては問題とも言えるだろうか───そう思い至り、オスモはぽつりぽつりと話し出した。
「リタルダンド国には、魔術師王国時代の亡命者の縁者や孫弟子が数多くいます。そこから『西の遺跡に魔術師王国時代の遺物が眠っている』と伝わっていて、魔術師が度々探索に赴いていたのです」
「…
「ええ、あくまで個人の趣味の範疇です。人が立ち入らない遺跡など、誰に咎められるものでもありませんから」
「それはそれで色々と問題なのだがな………」
腕を組んだ王が渋い顔で唸り声を上げる。手つかずの土地とは言え、領地内で他国の魔術師が好き勝手に探りを入れているのは、さすがに気持ち悪いのだろう。
「ただ、長年の探索で『侵入は不可能』と結論が出ていましてね。少なくともわたしが
「我が国が魔術システムを取り入れるようになって、西の遺跡の話題が再燃したと」
「どうやら、そのようですね」
「ふむ…」
口元に指を当て、王は一人思案に耽り出す。
リーファの助けになるつもりで同道したが、これが彼女の役に立つ話なのかオスモは理解出来ないでいた。ざっくりと魔術が関わる話ではあるが、上手く結びついてこない。
「お前が何かやったんじゃないかって期待したんだがなぁ。その様子じゃデマだったみたいだな。あーあ、骨折り損のくたびれ儲けかー」
ツァウバーは、こちらの会話に演技はないと気付いたようだ。落胆しながらもどこか憑き物が落ちたような晴れやかさで、退屈そうに両手を組み背を伸ばしていた。
「故郷の土が合わなかったオレが行く訳ないだろう。本当に最近まで、この国は魔術とは無縁だったんだよ。表面上は」
「………表面上は、ねえ」
意味深長にツァウバーは嗤い、周囲を見回している。魔力を封じられているとは言え、この城全体を包む魔術システムの一端を彼も感じ取っているようだ。
魔術師王国時代の遺構の一つであるラッフレナンド城は、魔術から離れようとしたオスモですらも興味惹かれる建造物だ。手本のようでありながら、
「………彼女にも話を聞いてみなければならんな………」
魔術の半端者二人が城の魔力の余韻に浸りかける中、王が不承不承と独り
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