第9話 王と兵士の暗中模索・1
謁見の間で基本的な方針を固めたアランは、早速2階執務室へ戻っていた。
「そなた達をここへ呼んだのは他でもない。
既に噂は伝わっていると思うが、リーファにあらぬ疑惑がかけられ、魔女裁判の話まで上がってしまっている。どうかリーファの助けになってやって欲しいのだ」
執務用の椅子に腰を下ろしたアランの視界の先にいるのは、背筋を正した兵士達だ。
刈り上げたライトグレーの髪の衛兵、オスモ=ルオマ上等兵。
黄金色の髪を結わえた菫色の瞳の衛兵、カール=ラーゲルクヴィスト上等兵。
サレットを目深に被った栗色の髪の少年兵、ノア=アーネル一等兵。
言わずもがな、リーファと共に先の城防衛に参加した”側女殿の味方”達だった。
「王城の兵士として、王命を全力で遂行致します」
「言われるまでもなく、側女殿にかかる火の粉など、全て打ち払ってみせます」
「側女殿には、公私共にお世話になりました。微力ながらお役に立てるよう頑張ります」
リーファに向ける感情はそれぞれ違うようだが、役に立ちたいと思う気持ちに嘘はない───彼らの言葉からそんな想いが伝わってきて、アランは内心安堵した。彼らまで敵に回ってしまっては、話にならないのだから。
「うむ、期待している。
…ところで、『それぞれ信用するに足る者を一名連れてきてほしい』と言ったはずだが………ルオマ上等兵はなしか」
「申し訳ございません。極秘の任務と判断した為、口が軽い同僚達を連れて来られませんでした」
オスモは苦笑いを浮かべ、恭しく頭を下げた。友人がいない訳ではないのだろうが、根の深い問題に巻き込めそうな者はさすがにいなかったのだろう。
ノアとカールの後ろにいた二人の兵士は、前列の三人の間に挟まるように一歩踏み出てきた。
一人は、オリーブグリーン色の刈り上げた髪と同色の瞳を持つ青年兵士だ。カールの友人なのだろう。人懐っこそうな雰囲気は、堅物で衝突しがちなカールの良い緩衝材になってくれそうである。
「エルメル=ポルッカです。階級は上等兵です」
そしてもう一人は、栗色の髪と黒目の少年兵だ。確かノアと同年齢のはずだが、身長はオスモに次いで高い。こんな所に連れてこられるとは思わなかったのか、顔面蒼白だ。
「あ、あああ、アハト=ランタサルミ一等兵です。よろしくお願いします!」
「…うむ、頑張ってくれ」
アハトの緊張ぶりに、アランは思わず口の端を緩めた。アロイス討伐の折には、魔力反射付きの大盾を掲げて魔力砲へ突っ込んでいく勇猛果敢ぶりを見せつけたが、今や見る影もない。これが普段の彼で、あの時は若さゆえの勢いだったのだろう。
「それで、我々は何をお手伝いすればよろしいのでしょうか?」
オスモの質問にアランは頷きで返し、椅子の横に置いていた布袋を執務机へ移した。ふんわりと膨らんだ袋が、ごそり、と音を立てて形を崩す。
中に入っているのは、乱雑に詰め込まれた紙の山だ。
「魔女とやらの断罪を望む、城下からの嘆願書だそうだ。まずは書類の仕分けと要約を頼みたい」
その仕事内容に、兵士達全員は怪訝な顔をした。アランと布袋を交互に見る者もいる。
不満そうに声を上げたのはカールだ。
「ただの書類整理ならば、役人に任せれば良いのでは?」
「その役人の中に、リーファを貶めようとする者がいるかもしれないのだ。情報の
「………っ」
アランの言で、カールの顔が渋くなっていく。今この城にどれ程の悪意が満ちているか。リーファを守ろうと、アランがどれ程心を砕いているか───その一端が伝わっただろうか。
「四人もいれば、取りまとめにあまり時間はかからないだろう。ルオマ上等兵は私についてきてくれ」
「かしこまりました」
オスモの快い返事を受け、アランは椅子から体を起こした。執務机から離れ、正面に立っていたカールの肩に手を置く。
「あまり肩肘を張る必要はない。周りを気にして引き籠もっているリーファを、心置きなく歩けるようにしたいだけだ。彼女の安心材料になるようなものを、探してやってくれ」
「………分かりました」
カールが睨みつけてくるのは、馴れ馴れしく触られたくなかったからなのか、リーファを満足に守れない不甲斐なさへの憤りからか。
ただこの怒りが湧いている内は、彼も手を抜く事はないだろう。
いつも通りのカールの反応に満足したアランは、オスモを伴って執務室を後にしたのだった。
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