第8話 王城の侃侃諤諤・2〜大臣達の思惑
役人達が全員退出し、正面の大扉が閉じられる。
謁見の間に残っているのは、国務大臣のジェローム=マッキャロル、司法長官のクレメッティ=プイスト、二人の近衛兵だ。大扉の前にも衛兵が二人立っているが、彼らは数に入れなくても良いだろう。
「さて、ジェローム=マッキャロル、クレメッティ=プイスト。そなた達の意見を聞こう」
近衛兵達が嘆願書を取りまとめている中でアランが問うと、役人を見送っていた二人の官僚は揃って玉座を仰いできた。
背筋を正し、先に口を開いたのはジェロームだ。
「民衆の恐怖はむべなるかな、と感じております。それ程までにあの植物の勢いは脅威でございました。
しかし…此度の抗議は、何かが違う気が致します」
「何か、意図的なものを感じますな。
魔女ターフェアイトが城に現れた時よりも、民衆の反応が過剰に思えます。恐怖だけで突き動かされているよう…というべきか」
後に続けたクレメッティの言葉に、ジェロームが首肯する。
ターフェアイトが城へ現れた時は、城にも民にも多少の被害は出ていた。だが同時に、ターフェアイトはその被害をなかった事にもしており、魔術の恐ろしさと万能感を見せつけていったのだ。
一方今回は、民には被害は出ておらずただ驚かせただけだ。役所業務が滞った事実は被害と言えなくもないが、糾弾の理由にしてはあまりに弱い。
「何者かに焚きつけられているような…という事か?」
「ただの所感です。根拠などありませんぞ?」
「ふん、数多の問題を裁いてきた司法長官の所感だ。当然信頼しているとも」
下手な証拠よりも重きに置いている、とアランが暗に示してやると、クレメッティは苦虫を嚙み潰したような顔をした。
黙り込んだクレメッティをニコニコと眺めたジェロームは、アランに向き直る。
「お調べになるのは結構ですが、あまり時間をかければ民衆は不満を募らせましょう。今こそ側女のみに矛先が向けられておりますが、いずれは…」
「分かっているさ。大まかだが、目星はついている」
リーファは勿論、アランすら貶めようとする辺り、噂の出所はギースベルト派と見て間違いないだろう。アランの”嘘つき夢魔の目”が反応していた役人達は、何らかの形で関わっているはずだ。
「…特務部を動かしてくれ。城内に悪しき形で吹聴した者がいるはずだ。城下と城内の噂の出所を突き止め、不届き者を捕縛せよ」
「かしこまりました」
ジェロームとクレメッティは揃ってアランに首を垂れた。
特務部は、主に国内外の情報収集と分析を担当する部署だ。ヘルムートの私兵に性質は近いが、あちらが問題の”排除”を主体にしているのに対し、特務部は”是正”を重きに置いている。今回のような事案には打って付けだろう。
(ギースベルト派の腹いせだとするならば、下手人の確保はあまり時間はかからんはずだ。あとは………民衆への説明か)
結局の所、問題はそこだった。
民衆は基本的に善意を
───それはそれとして。
「…時にクレメッティ=プイスト。側女の事を随分買うようになったのだな?」
「………はて?何の事でございましょう」
クレメッティは不遜な表情でふん、と笑って見せたが、アランの”目”は誤魔化されていなかった。
側女にけちをつけた時、彼からは嘘を示す黒いもやが出ていた。それは、リーファという女にそうした性根の醜さがあるとは思っていない、と取れたのだ。
クレメッティの物言いで責任の所在はリーファ一人に絞られ、ジェロームのフォローで国有財産法の話が引っ張り出された。
彼らの先の発言は、リーファへの肩入れのように思えた。
「ふふふ。プイスト殿は、側女から借りているマッサージ器にご執心なのですよ。これがまた極上の夢心地なのだそうですが、定期的に充電が要るそうで。
今は側女が動けませんのでね。早くこのような騒動を収めて、側女に充電を依頼したいのでございましょう」
「………なんと。いつの間に」
訳知り顔のジェロームの言で、アランは目を丸くした。
マッサージ器の存在は、アランも認識していた。ターフェアイトの遺品リストに含まれていたもので、ベッドの上に機器をセットすれば、寝そべった者の全身を揉み解してくれる、というものだ。
リーファに一度だけ勧められたが、いつもはリーファのマッサージで十分だった為、何となく利用を控え、忘れていた物品だ。
一体何があったのか───アランが困惑に顔を歪めていると、クレメッティがまくし立ててきた。
「ご、誤解なのです陛下。わたくしはただ、側女が良からぬ事を企んではいないかと研究室を監視していただけで…っ。
たまたま、整備していた器具について問い質し、没収をしたまでで………使用も、危険なものではないかと試したに過ぎず…。
ああもう全く…余計な事を…っ!」
だらだらと汗をかいて狼狽するクレメッティに対し、矛先を向けられたジェロームは涼しい顔で笑っていた。
「自慢ばかりして、いつまでもわたしに貸して下さらないからですよ。ずるいではないですか」
「ま、又貸しなど出来るはずがなかろうがっ。側女に直接言えばいいだろうっ!」
「いやぁ、今まで話しかける機会がなかったものですからねえ。こう、どう接して良いものか分からなくて」
「年頃の娘の扱いに困る父親かね?!知った事か!」
官僚達の微笑ましいやり取りの奥で、テーブルを片付ける近衛兵達の含み笑いが
(リーファの事は、無関心というか、問題を呼び寄せる厄介者と煙たがっているのかと思っていたが………これは好意的に見られている、と思って良いのだろうか…?)
何とも言えない気持ちで、アランは階下の言い合いを眺めた。ジェロームの言う通り、リーファと彼らに接点など殆どない。会話のきっかけを作るなら、クレメッティのように魔術に難癖をつけるしかないのだ。
ふたりはリーファが保有している魔術具が気になっているようだが、そもそもリーファを毛嫌いしていたらそちらに関心を向ける事もなかっただろう。
どんな会話があったかは知らないが、リーファが真摯に対応したからこそ、クレメッティがマッサージ器を愛用する流れになったのだ。リーファの手腕は見事だと言うしかない。
「と、とにかくっ!
わたくしは
ジェロームの茶化しを振り払うように、真っ赤になったクレメッティがアランに噛みついてくる。この酷薄な鉄面皮がここまで顔色を変えるのは、なかなか見られない光景だ。
「………ああ、勿論だとも」
口元を押さえてどうにか笑いをかみ殺し、アランは只々
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます