第7話 王城の侃侃諤諤・1〜役人達の主張
───城下の民衆が”花の魔女”の断罪を訴えている頃、ラッフレナンド城の謁見の間では、王と役人達が焦慮に顔を歪ませていた。
民衆の目を怖れて魔術による植物の除去が出来ない城の外側とは違い、内側は手入れが行き届いている。行事を執り行う事もあるこの謁見の間は真っ先に掃除をさせた場所で、現在は枯れ葉一枚落ちていない。
ラッフレナンド王アランは、玉座で足を組んで座り、階段下の広間に目を落としていた。いつも無造作に垂らしているウェーブがかった長い金髪は、彼の心境を押し隠すように顔に影を落としている。
対して役人達は、階段下の広間に横一列で並びアランを睨み上げている。主君を睨むなど配下としてあるまじき行為だが、罰を覚悟してでも訴えなければならない話なのだ。アランも理解があるから、不問にしていた。
「ご覧下さい、陛下!城下から、魔女排斥の嘆願書がこれほど寄せられているのです」
そう訴える役人の側には、薔薇の彫り物が美しい円卓が置かれていた。天板の上には折りたたまれた紙が山のように積み上げられている。
城下に設置されている、不満や改善などを嘆願する投書箱───そこへ投函されていたものだ。
「先の側女殿の大魔術を怖れているのです。再三説明はしているのですが、彼らは聞く耳を持ちません」
「城下では今も抗議の声が上がっており、番兵達が対応に苦慮しております。もはや我々では、民を抑え置く事など出来ません!」
「どうか側女捕縛の許可を。そして裁判を!」
役人達にとっては、側女の大魔術などよりも民衆の抗議の方が怖いらしい。確かに、聞き分けが良い
恐々と声を張る役人達を睥睨し、アランは失望の溜息をついた。
「下らぬ。何故、側女が拘束されねばならぬのだ。
彼女は賊徒どもからこの城を守り切ったのだ。褒美を取らせるならばまだしも、民が怖がるから罰を科せなどと」
「わ、我々も心苦しいのですが、それでは民は納得しないのです。城に巣食う”魔女”に何らかの制裁を加えねば、この問題は解決しないかと…!」
「アロイス殿下の処刑を、魔女の陰謀だとする噂もあります。王家の衰退を目論む魔術師達の手先ではないか…という…」
アランの
「馬鹿馬鹿しい………どこの誰が吹聴しているか知らんが、その首掻っ切ってしまおうか…っ!」
ぎちり、とアランの歯軋りが鳴ると、役人達が青ざめていった。さすがに言い過ぎたと思ったようで、吹聴した者とやらよりも先に首が飛びそうな顔をしている。
「はっはっは。流言飛語、ここに極まれり───ですな」
本当に役人の首を飛ばしてしまおうか───そんな面白くもない冗談がアランの脳裏に
声を上げたのは、黒髪をオールバックでまとめた壮年の男、司法長官のクレメッティ=プイストだった。役人達から少し離れた所で彼らの横顔を観察していた男は、鼻下で整った髭を撫で、アランを仰ぎ見る。
「陛下はあの娘に騙されたのでしょう。陛下の寵愛を得て、このラッフレナンド城を支配する機会を伺っていたに違いない。
いやはや、虫も殺せぬような小娘が、とんでもない性根を隠していたものですな」
「…ッ!?」
クレメッティの物言いにアランの顔はくしゃりと歪んだが、それはリーファへの卑下に腹を立ててのものではなかった。
アランの”嘘つき夢魔の目”には、クレメッティの全身からじわりと黒いもやが出て見えたのだ。まるで、心にも思っていない事を口にしているかのように。
「口が過ぎますよ。司法長官殿」
続けて声を上げたのは、役人達を挟むようにクレメッティの反対側にいた小柄な男、ジェローム=マッキャロル国務大臣だった。白髪交じりの金髪をポマードでまとめた彼は、声を低くしてクレメッティを
「───陛下。此度の襲撃、我々は城外におりましたので仔細を知りませぬ。報告は受けておりますが、正直のところ情報が足りているとは言い難い。もう少し、精査が必要かと存じます」
ジェロームの指摘については、アランも認めていた。
ギースベルト派の襲撃も含め、今回の問題は全て真夜中に起こっている。城内の負傷者の多くは襲撃発生直後に倒され、無傷だった者達も各施設で監禁されていた為、全容を把握している者が極端に少ないのだ。
ノア=アーネルから仔細を聞いていたアランとしても、まだ腑に落ちない部分はある。
「………致し方あるまい。再調査は行うとしよう。
但し国有財産法に基づき、側女への尋問は私が行う。何人たりとも彼女に近付くことは
少しだけ溜飲を下げたアランが示した妥協案に、役人達は色めき立った。不満そうに口を尖らす者もいたが、その殆どは安堵に顔を緩めている。問題解決の一歩を踏み出せた事はやはり大きいのだろう。
彼らの悲喜こもごもに目をやり、クレメッティは口の端を吊り上げ、クッ、と笑っていた。
「先王陛下が定められた国有財産法の普通財産の修正………野暮な形で役に立ちましたな」
「これが正しい使い方だ。
国有財産法の普通財産とは、王の名の下に物品を保護する法だ。アランの父親である先王オスヴァルトは、これに”人”を加え、王が認めた者達が下々の者に害されないように定めていた。
下手をすれば王による圧政を許してしまいかねない法だが、そもそもの話、オスヴァルトの側女が不貞を疑われて貴族達に殺されてしまった事が原因で作られた法だ。民衆の暴走を完全に鎮静化する事は難しくとも、一時的に留め置く事なら出来るだろう。
(側女を全て失った先王にとっては不要な法だったろうに………どこか因縁のようなものを感じるな…)
側女を喪った先王が定めた法が、今度は
「城下には、
そして、今後城下での示威運動を一切禁ずる。不必要な寄り合いが確認された時は、調査妨害と見做し捕縛も辞さない、と加えておくように」
「「「は、ははっ!」」」
役人達の明朗な返事にアランが
「それと、そちらの投書はこちらで預かる。城下の貴重な意見だ。一枚一枚、丁寧に
そうアランが命じると、役人達の内の何人かから黒いもやが噴き出した。嘘を知らせるアランの才”嘘つき夢魔の目”が、彼らのやましい感情を捉えたのだ。
(…やはり、何かあるか)
だがアランは何事もなかったように目を逸らし、役人達に退出を命じたのだった。
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