第6話 花の魔女断罪騒動
───所変わって、ここはラッフレナンドの城下町。
周辺国と比べれば面積は広いとは言えないラッフレナンド国だが、その城下の賑やかさは決して引けを取らない。
城下と街道を隔てる外壁から真っ直ぐ北へと伸びている大通りの左右には、宿屋から小売店まで、城下の経済を支える店舗が軒を連ねている。『中通りの店よりも物価がややお高め』などと言われる事があるが、その品質は折り紙付きだ。
通りの中心には大きな噴水が華を添えており、待ち合わせ場所として活用する者も多い。見世物に興じる旅芸人も時折見られ、人が集まりやすい場所と言える。
城下の中でも、一際人の行き来が活発な大通りだが───ここ最近の賑やかさは、いつもとは違う様相を呈している。
その理由は、大通りの終端。城下と王城を結ぶ城下門にあった。
「おかしいと思ったんだよ、最近急に魔術師の話が出始めてさあ。きっと魔術師が国を乗っ取るつもりで、王様に取り入ったんだろう!?」
「王様は騙されている!何故、魔女の横暴を誰も正そうとしないんですか?!」
閉じた城下門の前には、二十人以上の民衆が集まっていた。男女の比率は男性が多く、年齢は中年以上の者が多いだろうか。中には主婦も交じっていて、腕に抱えていた赤子が泣きわめいている。
彼らと対峙しているのは、門を守護する番兵達だ。普段は五人一組で入退場のチェックをしているが、今日は倍の十人で民衆と向き合っている。
「何度も言っているが、城に魔術師の脅威などない!!先日城で起こった事は、城下の者達には何の関係もない話だ。お前達が気にするような事などない!」
「城の問題が、城下に関係ない訳ないじゃないですか!」
「何かあってからじゃ遅いでしょう?!」
民衆の反論に、番兵達の誰からも困惑の表情が浮かぶ。彼らが国を心配して声を荒らげていると分かっている手前、あまり強気に出られないのが歯痒いのだ。
「だからあたしは、魔術師の城改築は嫌だって言ったんだ!見なよ、あの禍々しい草花を。今にも城を飲み込もうとしてるじゃないか!あんた達よく平気な顔していられるねえ!?」
喚き散らした中年女性の指が、湖上にそびえ立つ巨大な建造物に向けられると、周りの者達はそうだそうだと声を上げる。
城下に住まう者達ならば、親の顔の次ぐらいに見ているであろうラッフレナンド城。
しかし中年女性が指差した先にあったのは、彼らが知っている美しい王城ではなかった。
さながら森に打ち捨てられた廃墟のよう、と表現するべきだろうか。
壁、屋根、外灯、石床───ラッフレナンド城を構成するありとあらゆる構造物に、枯れ果てた蔓や葉がへばりつき、美しかった白亜の城を醜く濁らせていたのだ。
◇◇◇
一ヶ月程前、ラッフレナンド城内で爆発音が鳴り響く事態があった。
時間は深夜で、湖を隔てた先にある城下から城の異変に気付いた者はそう多くはなかった。しかし翌朝になって城を仰いだ民衆は、夜間に発生した異変に言葉を失った。
草、草、花、草、草───城壁が、一面植物で覆い尽くされていたのだ。
城壁門は重く閉ざされたまま、人や物の音は一切聞こえて来ない。
城下の巡回隊の面々は城下門や石橋を右往左往するばかりで、正確に状況を把握出来ていない有り様。
せめて植物を焼き払おうとひとたび触れれば、蔓に体を巻き取られ、あっという間に昏倒してしまう。
所々に散らされた色とりどりの花は、確かに美しいものではあったが。
一晩で国の中枢を変貌させた尋常ならざる力が、多くの民の心に恐怖を植え付けたのは言うまでもない。
───その後、ラッフレナンド王が遠征から帰還し、役人を介して民衆に事情が説明された。
端的に言えば、『王の遠征を見計らい、不届き者が城を襲撃した。城に常駐していた魔術師が、不届き者を拘束する為に植物の魔術を行使した』というものだ。
この話に、城下では様々な憶測が飛び交った。
ここ数年、魔術師が絡んだ話が城下でも話題になっており、関連付けて考える者が多かったのだ。
昨年の、城を襲撃した魔女や、城の改修を受託したという魔術師。
二年前の、城下を襲った亡霊の除霊を行ったという”王の招致に応じた専門家”も、何者だったのかと話題に上がった。
城に勤務する者達には
いずれにしても、城を飲み込む程の力を持つ魔術師が存在しているのは確かだ。
そんな恐ろしい力を持つ者が、どうして危険ではないと言い切れるだろうか───彼らがそう結論付けるのは、必然だったのかもしれない。
◇◇◇
「魔女裁判を起こせ!」
「あの花の魔女を処刑しろ!」
「花の魔女を裁き、ラッフレナンドを魔術師の脅威から守るんだ!!」
恐怖と怒り、そして国の一大事に決起する民衆の勇気を、城下門の番兵達は抑え込む事が出来ない。力による強制的な排除は民衆の更なる反感を買う恐れがある為、むやみに手が出せないのだ。
しかし、彼らの抗議はこの場以外にも影響を与えている。
城下門を封鎖している為、役所業務、公式行事、謁見など、本来本城で行われるはずの業務全般が滞り始めており、不平不満が城下の域を越え始めているのだ。
件の”花の魔女”の所為には出来ない───城勤めの者達とて分かってはいるが、どうしても気持ちの矛先は王城へ向いてしまう。
こうして今日も、解決の糸口が見つけられないまま、無為な時間が流れて行くのだった。
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