第4話 名家凋落の時・4~従者の心・2

 アランへの想いに気付くと、ヘルムートは自責の念に駆られた。

 既にミアとは恋仲になっていて、結婚に向けて王位継承権の放棄を念頭に入れていた時期だったのだ。

 同性だけならまだしも、血を分けた弟に恋焦がれている。こんな感情、はっきり言って異常だ。


『ミアの事は今も愛してる。多分これからも、君以上の女性と出会う事はないだろう。

 でもアランへの想いが止められないんだ。こんな不誠実な気持ちを抱えて、君と一緒にはなれない』


 王城に連れてきていたミアに、嫌われる覚悟、別れるつもりで打ち明けたが、彼女は一頻ひとしきり唸り声を上げてこう言葉を返してきた。


『ヘム君は一途だね。でもそれって、普通に両立出来るものだと思うよ?わたしだって譲れないものがあるから、ヘム君に婿入りをお願いしてるんだし。

 わたしも好き。弟君も好き。それでもいいと思うんだ。

 …っていうか、わたしが許す。これから大変になりそうな弟君の側にいてあげなよ。たまには、こっちに帰ってきて欲しいけどね』


 理解があり過ぎる彼女に、ヘルムートは泣いて抱きついてしまった。

 そして惚れ直した。再プロポーズもした。絶対幸せにすると誓った。


 翌日、ヘルムートは王位継承権放棄を告げ、ミア=アルトマイアーと婚約。その年の末に結婚した。

 そして、王子として認められたアランの従者として、働きだしたのだ。


 ◇◇◇


 アラン王子の従者として仕事を始めたヘルムートは、かつてない充足感に心躍る日々を送った。

 アランの側にいられるのが楽しい。見つめられるとドキドキする。名前を呼び捨てにされるのが堪らない。

 平静を装ってはいたが、『何か、最近ご機嫌ですね』と役人達に言われる程度に、幸せオーラを撒き散らしていたようで、ちょっと恥ずかしかった。


 一方で、王子として執務中心の生活となったアランは、日々を不満そうに過ごしていた。

 ここは戦場と比べて、おべっかもごますりも横行する場所だ。それがアランの才”嘘つき夢魔の目”には堪えるようで、周囲とは一定の距離を保ち続けていた。

 王子の務めと言うべき、矢のように降ってくる見合い話にもアランは辟易していた。


 ヘルムートも、アランの見合い話には思う所があった。


 王太子の身分を与えられていないアランが結婚してしまうと、地方に土地を与えられてそちらへ移る事になってしまう。

 王子としての務めは多少残るだろうが、本城に留まる時間は今よりもずっと減ってしまうだろう。ヘルムートの務めはあくまで公務の補佐だから、アランが暮らすだろう土地まで一緒に行く事は出来ないのだ。


 幸いだったのは、オスヴァルト王がアランの結婚に慎重な姿勢を見せていた事だ。

 国内外に関わらずギースベルト派と接点がある貴族は多い為、彼らを完全に潰そうと考えていたオスヴァルト王は、後ろ盾がないアランの基盤を結婚以外の方法で整えようとしていたのだ。


 ギースベルト派のくびきから解放された末の王子アロイスに王位を就かせ、その補佐にアランとヘルムートを据える───そんな計画で進めていた中、問題は起きる。

 オスヴァルト王が倒れ、昏睡状態に陥ってしまったのだ。

 アランの王子認定から、四年後の話だった。


 オスヴァルト王は高齢だったから仕方がないにしても、いつまでも玉座を空席にしておけない。ある程度の務めは以前からアランが代行していたが、側女すら抱えていない王太子でもない彼が出来る事にも限界はある。


 王城の不安定な状況をギースベルト派が見逃すはずもなく、ギースベルト公爵からの圧力で、アロイスの王族の役務を二年も前倒して始める事が決まってしまった。


 これ以上、ギースベルト派を調子づかせる訳にはいかない。

 藁にも縋る思いで延命の魔術儀式に手を出し、一日も早いオスヴァルト王の復活を切望した───そんな最中に現れたのが、リーファだ。


 ◇◇◇


 当初のリーファは、ヘルムートにとって都合の良い女性だった。

 城下暮らしの庶民でどこの派閥にも属していない上に、アランの第一印象が『最悪』だったからだ。


 何でも、リーファがグリムリーパーの姿で現れた際に”殺害予告”をしていったらしく、それが原因でしばらくアランは不眠に悩まされていた。人間の方の見た目が好みではないのも相まって、リーファには良い感情を向けていなかったのだ。


 アランの寵愛が女性に向いてほしくなかったヘルムートとしては、このまま彼女を解放する選択肢はない。

 王城地下に現出した大亡霊をグリムリーパーが回収した後、渋い顔をしたアランに耳打ちした。


『今、父上の事が知れたら、ギースベルト派が何を仕出かすか分からない。

 アロイスを王位に就かせるにはまだ時間がかかるし、君が王位に消極的なのは分かるけど、側女を据えれば見合いも一旦は落ち着くはずだ。

 無理して抱けなんて言わないからさ。とりあえず王になって、彼女をお飾りとして側に置いてよ』


 こうして、アランに王位を、リーファにアランの側女の役目を押し付けたのだ。

 いつまでもアランの側に在りたい、ヘルムートの為に。

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