第3話 名家凋落の時・3~従者の心・1

 トラウゴットとその配下の者達が連れ出され、騎士の広間に平時の静寂が戻ってきた。まだ兵はうろついているが、会議をするだけのこの場が誰もいなくなるまで、そう時間はかからないだろう。


「この度は、残念でしたね」


 あまり公爵邸から出る機会がなかったレギーナだが、情報だけは耳に入れている。そこから得ていた主の気持ちに寄り添うように、彼女は声をかけた。


「………ああ、リーファ達がここまで頑張るなんてね。想定外だったよ」


 やや長い沈黙の後、ヘルムートは苦笑いを返してくる。完敗、という言葉がしっくりくる表情だ。


 今回ギースベルト派が企てた、王位簒奪とラッフレナンド城襲撃。これはヘルムートにとっても重要なものだったのだ。


 アランの王位を脅かす、アロイスノアという存在。

 ヘルムートの心の平穏を脅かす、リーファという存在。

 この二人を排除する、またとない機会だったのだから。


 ◇◇◇


 ───ヘルムートが思い描いていた筋書きはこうだ。


 南ライゼ平原で魔力砲の威力におののいたアラン達討伐隊は、一度平原を撤退。

 手前の町アーシーまで退避した討伐隊に、ヘルムートが手配していた私兵が交渉を持ちかける。


『実は、の一団に工作員を紛れ込ませています。

 お望みとあらば、アロイス=ギースベルトの首級くびを取らせましょう』と。


 アランは渋るだろうが、討伐隊全滅や城下が戦場になる可能性は避けなければならない。王城襲撃の報も、良い具合にアランを急かすはずだった。


 工作員が偽アロイスの暗殺を成功させれば、アロイス=ギースベルトの一団は解散せざるを得ない。

 残党が無益な暴走をするかもしれないが、所詮は烏合の衆だ。蹴散らすだけならば、残った討伐隊だけで十分だろう。


 工作員が持ち込んだ偽アロイスの首を見れば、アランは『偽者を相手にしていた』と気付くはずだ。


 そしてラッフレナンドの王城襲撃だが、こちらは黒ずくめ達に全て任せるつもりだった。

 仕入れた情報によれば、この襲撃にかなりの人員を割いていたし、魔術師が数名含まれていた。これならば城内の占領は可能だ、と考えたのだ。


 ヘルムートがした事と言えば、城の隠し通路の情報の一部をギースベルト派へ横流しした事と、リーファを側女の部屋からあまり動かさないようメイドに命じた事ぐらいだ。

 後は襲撃決行よりも前に、ギースベルト派が把握していない隠し通路で身を潜めていれば良かった。


 狭い王城で、条件に見合った少年を捜すなど造作もない。

 帰城したアラン達討伐隊と、アロイスノアを確保した黒ずくめ達の間で籠城戦が始まれば、後は頃合いを見計らって王城に潜ませていた私兵にアロイスノアを殺させれば良い。


 リーファは、襲撃か籠城戦の過程で命を落とすはずだった。よしんば逃げおおせたとしても、どさくさに紛れて私兵に始末させれば良いだけだ。


 アロイスに手をかけ、恋人リーファとその胎の子を喪って悲嘆にくれるアランを、唯一の肉親であるヘルムートが慰める。

 そんな三流脚本家だって書かないような味気のない筋書きになる───はずだったのに。


 実際は、アランは幻術を用いた奇策を以って一団を打倒。

 リーファはアロイスノア達兵士の手引きで襲撃を逃れ、大魔術を敢行して黒ずくめ達を鎮圧させてしまった。


 ちなみにヘルムートの私兵達は、襲撃直後にリーファとアロイスノアを見失った挙句、リーファの魔術の巻き添えを食らって黒ずくめ達と共に拘束されていた。

 私兵の多くは城内で他の仕事に就いている為、業務時間外に城内に留まっていた彼らに疑いの目が向けられたのは言うまでもない。


 ───今回の襲撃は、ヘルムートが組み込めない不確定要素が多過ぎたのだ。


 アランが隠し持っていた魔晶石と奇策、身重の身でありながら最悪を想定したリーファの魔術、アロイスノアの予想以上の奮闘、カールの土壇場での離反、あまりに唐突だったオスモの介入。

 そしてリーファ達を微力ながら援助していた、行商人リャナの存在。


 いずれかが欠けていれば、ある程度はヘルムートの筋書きに沿っていたはずなのだ。


 ◇◇◇


 リーファとアロイスノアを殺害しようと目論んでいたヘルムートだが、ギースベルト派の要であるアロイスノアはともかく、リーファは最初から殺そうなどとは思っていなかった。

 かつてのアランは、リーファに恋愛感情を向けていなかったのだから。


 ───ヘルムートが抱えている”望み”は、極めて単純だ。

 誰にも話せない。顔に出してもいけない。怪しまれてはいけない。秘めていなければ即壊れてしまう、繊細なもの。


 それは、『アランの一番の存在として、側に居続ける事』。


 抱いて欲しいだなんて贅沢は言わない。正妃や側女が何人いても構わない。子供だって何十人作ってもいい。

 ただ、アランの一番として側に居させて欲しい。他者を寵愛しないで欲しい。それだけだ。


 ◇◇◇


 ヘルムート自身、昔から自分がおかしいとは思っていた。

 女性達に興味はあったが、彼女達と恋愛をしたいとは思えない。男性達の過度な馴れ合い、下卑た話題には嫌悪感すら覚える。


 どちらとも馴れ合えない、寒々とした感性の中で日々過ごしていたヘルムートの前に、ミア=アルトマイアーが現れたのは奇跡のようなものだった。

 頭の霧が晴れていくような、この人と会う為に自分は生まれてきたのだと思う程度に、運命を感じたのだから。


 しかし、その気持ちは長くは続かなかった。

 オスヴァルト王の側女達が不貞の疑惑をかけられ、ヘルムートを含む王子全員が王城に召喚されたあの日に、全ては変わってしまった。


 十二年ぶりに顔を合わせたアランは、幼少期のか弱さやあどけなさ一切が削ぎ落とされていた。

 背はヘルムートよりも高く、体つきもしっかりとして、鈍色のプレートメイルを身に着けた風体は歴戦の将を思わせた。それでいて顔立ちは整っており、ふわりと波打つ金色の短髪、すっと伸びた鼻、夜闇のような藍の瞳と、精悍な顔の輪郭に仄かな色気を漂わせていた。


『ご無沙汰しています。ヘルムート兄上』


 遠慮がちなその声音も品のある低いものに変わってしまっていたから、これがあの可愛かったアランなのかと疑ってしまった。


 しかしそれ以上に、ヘルムートの胸中は荒れに荒れた。


 脳天に雷が落ちたような衝撃だった。

 湧き上がる情動に胸が苦しくなった。

 自分の心の醜さに涙が零れそうになった。


 ミアに出会った時以上の運命を、眼前のアランに感じてしまったのだ。

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