第二十四章 魔女が膝を折る先は

第1話 名家凋落の時・1~騒乱の舞台裏

 ───ギースベルト家の祖は、ラッフレナンド建国時の革命メンバーの一人だ。

 革命を成功させ国を興す中、亡命した魔術師達を囲い込んだ隣国リタルダンドに対する緩衝役として、初代ラッフレナンド王はギースベルトに南東部を統治するよう命じたのだと伝えられている。


 家臣の中でも取り分けて交渉に長けていたギースベルトを、初代王はとても贔屓にしていた。

 実際ラッフレナンド王家は、幾度となくその血統をギースベルト家へ降嫁しており、ギースベルト家が公爵を名乗るまでにそう年月はかかっていない。


 そしてギースベルト家もまた、初代王を神の様に崇め、受け継いだその血統を尊いものとして大切にしてきた。

 初代王の容貌に似た、波打つ金髪と藍の瞳の子が産まれれば、一族総出で三日三晩パーティーを催した、などという逸話も残されている。


 しかし代を重ねていく内に、ギースベルト家の子らに、初代王の特徴が見られなくなったようだ。

 既に初代王の幻想に取りつかれていた彼らは、やがて近親婚に手を染め、その代償に奇形や短命などの身体的障害を背負う子らが生まれていった。


 王家とギースベルト家の関係に陰りが見えだしたのは、そんな最中さなかの事だ。

 魔女がかけた不妊の呪い、ヴァルトルの兄王の不祥事など、王家で何らかの問題が起こる度に、ギースベルト家からは不満の声が上がって行った。


『また王家がやらかしたそうじゃないか』

『何故今代の王は、初代とは違いあのように不甲斐ないのか』

『王子達も、呪いにかこつけて女にだらしない者達ばかりだと聞く』

『やはり、下賤な血が混ざるのが良くないのではないか』


 道理が通じないリタルダンド国との交渉に疲れ、一族の短命に頭を悩ませていたギースベルト家にとって、ラッフレナンド王家へ対する愚痴が”良い怒りの捌け口”程度で治まるはずはない。


『初代王の血が薄くなった今の王家よりも、血統を維持し続けてきた我々ギースベルト家の方が、優れた統治が出来るのではないか』


 王位簒奪の標榜へと変わるまでに、あまり時間はかからなかったのだ。


 ◇◇◇


 ラッフレナンド国南東にある、ギースベルト公爵邸。

 小高い丘の上に建てられた瀟洒な洋館は、有事の際に拠点となるよう要塞としての性質も持ち合わせている。


 洋館の周りはレンガによる外郭が設けられており、南東側からの通り道以外に侵入経路はない。また、通り道には三つの門と橋が置かれ、必要に応じて閉鎖する事で守りをより強固にしている。


 外郭の内側へ入る事が出来ても、公爵の館がある内郭の先へ通じる道は入り組んでおり、土地勘がなければ迷う事請け合いだ。

 中央塔にいる見張りは常に下界へ目を光らせ、旗と鐘を駆使して警邏けいらを巧みに操るのだ。


 そんなギースベルト公爵邸に『ラッフレナンド城へ向かったアロイス=ギースベルト様が、討伐隊に捕縛された』という一報が届いたのは、ユーニウスの月の中旬頃だった。


 この悲報を、下々の者は信じられない様子で顔を青くしていたが、トラウゴット=ギースベルト公爵を始めとした上層部は殆ど顔色を変えなかった。


 強大な魔術兵器を持たせてはいたが、兵一人一人の戦闘の練度はあまり高いとは言えず、そういう点で競り負けたと考えたようだ。

 同時進行で行われていた、ラッフレナンド城への襲撃が成功すれば問題ない───そう考えた者もいたのだろう。


 だが、肝心要であったラッフレナンド城襲撃に関しては、その後も全く報告が来なかったのだ。


 何度か使いを送るも、吉報も凶報も持ってくる気配がない。使いがどこかで消されているかのような不気味さだ。


 この時点で、城に何らかの異変が起こっていると気付いた公爵は、最悪の事態を想定して公爵邸の放棄も視野に入れ、支度を進めさせていた。


 そんな矢先だ。ラッフレナンド国軍の強襲が発生したのは。


『国王陛下より、トラウゴット=ギースベルト公爵逮捕の命が下った。罪状は国家反逆罪。庇い立てするならば同罪と見做し、まとめて捕縛するぞ!』


 およそ千五百名の兵を率いてきた国軍の大将エルマー=アダムソンの恫喝に、公爵邸の番兵は途方に暮れてしまった。


 こうした異常事態には、中央塔から何らかの指示が飛ぶものなのだが、今回は旗も振られなければ鐘も鳴らない。


 見張りの顔すら見えない中央塔を見て、警邏けいら達は国軍に待機を願い出たが、アダムソンに聞き入れられる事はなかった。


 結果、警邏達は閉門も兵を押し留める事も出来ず、公爵邸はあっという間に国軍の兵達に蹂躙されていった。


 ───同時刻。

 門の騒動を知らずに中央塔へ赴いた警邏の青年は、口から血反吐を撒き散らして絶命している見張り達を発見した。


 むせ返るような吐瀉物と血の臭いに混じって酒の匂いが立ち込めており、どうやら何者かによって毒酒が盛られた事が分かったが。

 その時にはもう、名家凋落ちょうらくの瞬間は秒読みの段階だったのだ。

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