第73話 少年兵の回顧・38~国情

「…そして側女殿の誘導でここまで来た、という訳さ」


『おそくなってごめんね』


 オスモの経緯説明に、床に形作られた植物クレマチスの文字が謝意を添える。


 ───どうにかギースベルト派の襲撃を食い止めたノア達は、いの一番に負傷したカールの治療に取り掛かった。


 腹に穴を開けられたカールの具合は、お世辞にも良いとは言えなかった。

 炎の魔術で焼かれた為か出血は控えめだったが、内臓はかなり損傷していた。肺に傷がつかなかっただけ、不幸中の幸いか。

 おまけに、空間転移失敗時に礼拝堂外の水場に落下したらしく、全身がずぶ濡れだった。出血も相まって体温が下がっているらしく、唇が青白く変色していた。

 失神どころか死んでいてもおかしくない有り様だが、『殿下あなたを置いておちおち寝ていられません…!』と、ノアとしては素直に喜べない所で根性を発揮している。


 ノア達は、治療の邪魔となるカールの鎧や肌着を脱がし、上半身を裸にした。植物の魔術を無効化するロケットペンダントを外し、状態異常のみを無害化する真鍮の腕輪をはめさせ、リーファに合図してカールの体を植物で包んでもらう。


 顔を残して全身を植物クレマチスで満たしたカールの姿は、草花のにくるまった赤子のようだ。成人男子の格好にしては絵面が最悪だが、当人はリーファの魔術を起きたまま堪能してご満悦だし、ノアとしても治療の妨害をする気はないので黙っておく事にする。


「植物に意思のようなものがあるな、とは思いましたけど………まさかリーファさんの精神までもが組み込まれてたなんて…」


『おとはなんとか、ききわけられるの。ひかりとねつは、ぼんやりとしかわからない』


 緑で満たされた謁見の間で、ノアとオスモがいる場所のみ円状に植物が除かれている。

 その中央で、時々リーファが植物を使ってフェミプス語を綴った。言葉足らずな文章に見えるが、これはノア達にも分かるように噛み砕いて表現している為らしい。


「植物に話しかけると良く育つ…なんて話があります。音が発する振動や、吐息の成分を植物が感じ取っているとか。側女殿は、植物のそういう性質を体験しているのでしょう」

「植物は日の光のある方へ向きますから。色まで認識する必要はないんでしょうね」


 カールの治療が始まって、床に腰を下ろしたノア達の間にも安堵がこみ上げてくる。一緒に眠気もこみ上げているが、それはもう少し我慢だ。


「おい………オスモ=ルオマ…っ!」


 怒気を孕んだ声音に、ノア達はそちらを見やる。

 声の主は、ほぼ生まれたままの姿でおくるみもどきに包まれたカールだった。植物の海にどんぶらこと揺られているが、あれが回復魔術の効率の良いやり方なのだろうか。


「そちらの御方は、お前如きが、気安く、話し掛けていい方ではないっ………ちゃんと、敬語を使え…っ!」


 眼光だけで圧を飛ばしてくるが、本人は瀕死だし光景は面白いしと、ぶっちゃけ全然怖くない。


『はなさないほうが、いいとおもって』


 下に目をくれると、リーファがオスモに事情を明かしていない事を教えてくれる。ノアの一身上の都合を説明する立場ではないし、余裕もなかっただろう。さすがにリーファを責めるのはお門違いだ。


 何となく察したらしい。カールの格好に失笑していたオスモは、話題の中心であるノアに声をかけてきた。


「…ふむ、どうしたものか…?」

「………呼ぶ時は、アーネル一等兵、でお願いします。あとは序列に準じて下されば。…ラーゲルクヴィスト上等兵、あなたもそれでお願いします」

「あっ…アロイス殿下を、そのように呼ぶ訳には…っ!」

??」


 早速口を滑らすなこの馬鹿───と叫びたい気持ちを堪え、ノアは声を低くしてカールをめつけた。


 こんな若造の威嚇で怯むはずはないが、そこはそれ、ノアのラッフレナンドの血筋が上手く後押ししたようだ。ヒュ、と短い悲鳴を上げたカールは、治療前よりも血の気が引いていた。


「わっ…わかりっ、ました…っ。アーネル、一等兵…!」

「………ではオレも、その通りにしましょう」


 派閥に興味はないのか、柔軟な考え方の持ち主なのか、オスモは苦笑いを浮かべて頷いていた。


 カールのうっかりとは言え、会話の主導権はノアに巡ってきた。有耶無耶に出来る話題でもない。ノアはその懸念を投げかけた。


「そんな事よりも───ルオマ上等兵。あの魔術師は、あなたの事を”オスモ=リンドロース”と呼んでいましたが………知り合いだったのではないですか?」

「………、大した話ではないのですがね」


 逡巡はしたが、避けられない話題とも理解していたようだ。オスモは観念の溜息をついて話し始めた。


「オレの出身はリタルダンド国でしてね。リンドロースというのは父方の姓で、今は母方の姓のルオマを名乗っています。

 で、そこに転がってるモーリオ…グリ=モーリオは、学院時代の同期です」


 つい、と指を向けた先には、植物に埋もれた魔術師モーリオが穏やかな寝息を立てている。既に背中の傷は癒やされており、植物リーファは敵味方関係なく治療しているようだ。


 リタルダンド国と言えば、ラッフレナンド国の南東にある魔術研究が盛んな国だ。魔術に特化した学院があり、術具開発も近隣諸国では最高峰。ラッフレナンド産鉱石の輸出先の主要国であり、将官クラスに授与される魔力剣の輸入元でもある。


 ちなみに、過去にはノアアロイスの祖先サディアス=ラッフレナンドが起こした革命で亡命した魔術師達を受け入れており、その魔術師達の末裔とのいざこざもあって、ラッフレナンドとの国交間は最近までゴタゴタしていたようだ。


「………年齢に関係なく入れる学院なんですか?」

「入れない事もないのですが………彼は、魔力拡張手術というものに失敗していましてね。両手の宝石に魔力と生命力を蝕まれ、老化が進行しているのです。あんなナリですが、まだ二十代ですよ」


 信じがたい話に、ノアは目を剥いてモーリオを二度見した。中老に差し掛かった辺りかと思い込んでいたから、彼の半生が波乱に満ちていたのだと気付かされる。


「魔力拡張………リタルダンドの魔術師は、そんな事もするんですか…っ?!」

「魔術の神髄を究める為に、自分を改造する者は多いのです。その頂点に立つ奴らが、国を動かしてるのも事実ですね。

 ただ彼らは、外の事情にあまり興味を示しません。外交はするが、必要最低限。自分の研究を内々にひけらかし、満足すればいい。

 …まあ、『空も大地も魔術師われわれのもの』くらいに思っている所があるので、意図せず国外に迷惑をかける事はありますがね。

 ただ、国外事情に介入して名声を求める魔術師は、異端…と言うよりは、半端者が殆どです」


 オスモが語る国の裏事情に、ノアは感嘆の吐息を零す。


 リタルダンド国は魔術立国的な面がある、とは聞いているが、具体的に何をしている、という話は聞いた事がない。

 定例会で他の隣国の話題は上がるのだが、リタルダンド国だけはロクな報告が上がらないのだ。


 魔術師嫌いの国ラッフレナンドの諜報員、得られた情報を理解出来ない、なんて間抜けな話はあるかもしれないが。

 リタルダンド国が、魔術的有用な情報を意図的に隠しているとしたら、情報の少なさは納得出来る。


「名声を求めたリタルダンド国の半端者が、ギースベルト派の城侵攻に同調した…と?」

「…半端者は群れるものです。モーリオ以外にも、複数の魔術師が同調して参加している………と、オレは考えますね」


 オスモの神妙な言に、ノアは戦慄した。こうしてのんびりしている間にも、モーリオのような魔術師が手ぐすねを引いているかもしれないのだ。


『しろのひとは、みんなねてるよ。しろのそとも、きをつけるね』


 ノアの不安を解くように、リーファの文字が綴られる。

 それと同時に、謁見の間を満たしていた植物がザワザワと騒ぎ出した。眠らせている者達だけを緑で包み、床を占領していた植物が退いていく。


「…側女殿、何を?」


『しまいっぱいまで、はっぱをのばすの。しまにはいられないようにね』


「なるほど、余剰分の植物クレマチスを城壁の外まで広げよう、と………あまり無理はなさらないで下さいね。側女殿に何かあれば、我々は勿論、陛下が悲しみますよ?」


『はーい。すこし、しゅうちゅうするよ』


 植物の操作に忙しくなったのだろう。オスモの忠言を陽気に応えたリーファは、綴った文字を解いて沈黙してしまった。

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