第70話 少年兵の回顧・35~決着

「”攻撃は最大ノ防御”───小さキ騎士様、良き決断をなさいましタ。

 プラウズ様を守ル、騎士様ノお務め…微力ながラこの悪ーい魔女メが引き継ぎまショウ。………にゃお」


 ノアの背後で、使い魔が歌劇の台詞をそらんじるようにさえずっている。そしてようやく出番が回ってきたと言わんばかりに、玉座の前に直立してデッキブラシを真っ直ぐに構えてみせた。


 使い魔の言い回しに感化された訳でもないだろうが、植物の波が緞帳どんちょうのように玉座へ降りてくる。何重にも折り重なって、植物の壁が使い魔と玉座を覆っていく。


(ごめんなさい───ありがとう!)


 リーファへの謝罪と使い魔への感謝を、ノアは心から背後へ送る。激昂と共に勝手に飛び出してしまったが、リーファの植物と使い魔が後顧の憂いを断ってくれたのは素直に嬉しかった。これで心置きなく、戦いに行く事が出来る。


「”昏き混沌の底にある、血よりも赤き大地の涙よ”───」


 魔術師は既に詠唱を始めていた。その両手の中心に魔力の渦が集まり、煌々と燃え盛っている。目標をノアに定めているのは明白だ。


 対してノアは、走りながら左手に魔力を集めていた。守りの一言魔術を懸命に練り上げて行く。

 一言魔術は、攻めも守りも威力は低い。詠唱魔術に対抗するなんて愚策も愚策だが。


(守りは一点でいい!あの穿つ炎を防ぐだけの魔力を、一ヶ所に絞り込め!)


 魔術師も、ノアが無謀な賭けに出ようとしている事に気付いていた。間近まで近づいた男の口元には、勝利を確信した笑みが零れている。故に、小賢しい策を弄さず、正面から撃ち崩しに来るだろうとも読み取れる。


 魔術師の発動に合わせて、ノアも一言魔術を解放した。


「”猛き赫灼かくしゃくの炎よ、抉り散らせ”!」

「”アルマジロの甲羅アルマディーノ・テスタ”!!」


 ───バジッ!!


 魔術師の放った炎の一閃と、ノアが左手に展開した小型盾バックラーサイズの光の防壁が激突した。


 ───ギャギギギギ、ギギギ、ギ───ッ!!


 魔力同士がぶつかり合う不協和音が、広間にけたたましく響き渡る。稲妻に似た光の帯がノアと魔術師の間に力場を作り、爆発的な圧を発生させた。

 ノア自身はどうにか踏み止まっているが、被っていたサレットは風圧で後方へ吹き飛んでしまい、金色と栗色に染まった髪がバサバサと鬱陶しく靡く。


「ああぁあああぁあぁああっ!!」


 普通は自身の周囲に半円状に展開するノアの防壁だが、その構成を集約して盾状にしたのは正解だった。紙切れのように散らされる可能性すらあったが、炎の魔術をどうにか押し留めている。

 突き出した手は震え、防壁からはみ出た魔術の余波が体中に突き刺さるが、この際痛みなどに構っていられない。


(防壁を動かして、この魔術を邪魔にならない場所へ逃がす!それから魔術師を棒でぶん殴る!出来るか?!)


 背後に意識を向け、炎の閃光を逃がす場所を定める。黒ずくめ達はどうでもいいが、リーファとカールのいない場所が望ましい。


 ならば西側、北西方面が最適解かと、腹を括った。───だが。


「”星と大地の間に坐する、神の怒り踏み固めし雷雲よ”」


 説き伏せるように発せられた魔術師の詠唱に、ノアの血の気が引いた。

 その手元に目をくれると、炎の閃光を左手に構えたまま、黄色い宝石を埋めた右手にもう一つ魔力を練り上げている。


(魔術の連続発動?!)


 この炎の魔術を防げば勝機はある、と考えたのが馬鹿だったのだと思い知る。

 魔術の連射や同時発動は相当の技量が必要だと聞いているが、恐らく手に仕込んだ宝石がそれを可能にしているのだろう。


「”我が先に罪はあり、今こそ闇を裂きその威光を───”」


(駄目か?!)


 炎を散らし、踏み込むにはあまりにも時間が足りない。魔術師の詠唱が終わりに近づき、最悪を覚悟した。

 その時だった。


「”砕氷乱舞エシ・グニカエルブ・エクナド”!」


 ノアでも、魔術師でも、カールでもない。

 第三者ならぬが放った魔術が、唐突に頭上に現れた。


 顔を上げれば、そこには灯りに照らされたつぶてが無数に煌めいていた。

 宝石かと見紛う程の輝きを放つ氷の礫。それが驟雨しゅううの如く、広間にいる魔術師目掛けて降り注ぐ。


 ───ザザザザザァ───ッ!!


「ぬおぉおぉおおぉ?!」


 詠唱を中断させ警戒の色は見せたが、回避の余裕はなかったらしい。眩い輝きの群れを、魔術師は全身で受け止めてしまった。

 貫通こそしなかったが、肩、腕、手、背中に氷の礫が突き刺さり、血が噴き出している。魔術保護でもしていたのか、頭には刺さっていないようだ。


 ───ボワッ!!


 そして魔術師が構えていた二つの魔術は、その制御を失っていた。右手の魔術は魔力の消失で済んだが、左手の炎の魔術は突如爆裂四散して、その幾ばくかはノアの光の防壁を飛び越えて行く。


「おわっ?!」


 溢れかえった魔力に気圧けおされて、ノアの体が一瞬だけ宙を浮いた。三メートルは後退したか。ふらつきながらも、どうにか体勢を立て直す。


「詠唱中、魔術探知を怠るのはお前の悪い癖だな。モーリオ」


 魔術師の後方頭上───2階会議室前の廊下から発せられた男の声。それについ反応して、顔を上げた魔術師の表情が険しくなっていく。

 ノアからは、灯りの影に隠れて良く見えなかったが。


「き、貴様、オスモ=リンドロース?!」


 上にいた人物は、モーリオと呼ばれた魔術師の知り合いだったらしい。だが、モーリオの言葉の端々からは、ここに彼がいる事の不可解さが込められていた。


 ノアには、彼らの事情はこれ以上汲み取れない。だが、今は汲み取れなくても良かったのだ。

 モーリオに一瞬の隙を作ってくれた謎の人物に、ノアは只々感謝した。


つぶては頭には当たらなかった)


 既に駆け出していたノアは、魔術師モーリオとの距離を一メートルまで詰めていた。


 頭上の知り合いに目を剥いていたモーリオも、鉄靴を鳴らしてこの距離まで迫れば嫌でも気付いたようだ。驚愕に顔を歪ませ慌てて手をこちらに向けてくるが、何もかもが遅い。


(なら───首だ!)


「うおおおぉぉおぉぉおっ!!」


 ノアは踏み込みつつ、両手で握り締めた木の棒を振り抜いた。


 ───ドッッ!!


「───ッ!?」


 渾身の力を込めた横薙ぎの一閃は、魔術師モーリオの首の横をしたたかに打ち付けた。両手にミシリ、と嫌な音がしたが、モーリオの首が折れたか、ノアの手が折れたかは分からない。


 いずれにせよ、きゅるり、とモーリオの灰色の目が回った。意識を飛ばした人特有の脱力感を抱え、頭から床に叩きつけられる。


 複数の魔術を同時に行使していた魔術師であっても、気絶してしまえば制御は出来ないようだ。広間を照らしていた灯りの魔術は即座に消失し、劇の終幕を知らせるように広間が闇に落ちていった。

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