第67話 少年兵の回顧・32~誤解

「小さい頃から母親ミカエラにべったりだったお前が、王の側女に懸想したかのような手紙を寄越してくるものだから、一体どんな女なのかと思ったが………よりにもよって、母親に似た女に骨抜きにされるとは。全く、嘆かわしい…!」


 息子の性的嗜好に呆れているのだろうか。嫌悪感をむき出しにしたシーグヴァルドの眼差しは、使い魔リーファだけに留まらずカールにも向けられる。


 盛大に誤解している───かどうかは分からない───父親に、顔を青くしたカールは慌てて言い返す。


「ま、待ってほしい父さん!

 母さんは、もっとふっくらしているというか、わがままボディというか…とにかく、こんな華奢じゃないでしょう?!

 ………確かに、髪と目の色は、似て、しまったかも、しれないが…」

「何を自分で育てたような事を言っているんだ、お前は。───いや、女のは男が育てるべきものだ、という話ならば分かるが。

 とにかくミカエラは、出産で体質が変わったんだ!若い頃は、それはもうほっそりとしていて…その儚さが、また庇護欲をかきたてられたのだがな…」


 郷愁に憂いを滲ませたシーグヴァルドは、ちらり、と玉座にいる使い魔に目をくれる。


 視線を感じたら反応するよう命じられているのだろうか。使い魔はシーグヴァルドに顔を向け、ふんわりと蕩けるような破顔一笑を送る。


 シーグヴァルドは恐ろしいものを見たかのように、ぐ、と目を瞑り、顔を背けた。


「それにあの微笑み………”素朴系無自覚小悪魔”と噂された、付き合いたての頃のミカエラと見紛う程だ………ワタシが二十年若かったら茶に誘いたいわ…!」

「何を言ってるんだ父さん!?」


(本当に何言ってんだあの人)


 父親の乱心に動揺するカールに同調するつもりはなかったが、ノアも胸中で思わずつっこんだ。使い魔は言うまでもなく、傍観者ノアがここにいる事を認識した上でこの内輪揉めだ。この周りの、どうやらカールは父親に似たらしい。


(リーファさんを模してるな、とは思ったけど………無意識に母親に似せてた、なんて事あるのか…?)


 隠れ家でのやりとりで、カールから母親の話題が出た覚えはない。

 ただ、使い魔の面立ちや喋り方など、リーファらしからぬ部分は一体誰を参考にしたものなのか───という疑問の答えの一つにはなるのかもしれない。ノアなら絶対にない考え方だが。


「…好きだったお前が、ようやく年頃の娘に目を向けるようになったのは嬉しい。

 だが、あの女だけは駄目だ。王の側女である事に目を瞑っても、あのタイプはお前の手に余る。絶対手のひらで転がされて、ボロ切れのように捨てられるに決まっている…!」


 恐らく過去に夫人と何かがあったのだろう。哀愁を漂わせたシーグヴァルドは、溜めた涙を指で拭っていた。


「そ、それは使い魔リーファには関係のない話で───というか、側女殿はそんな方ではなく───あああ、もう!その物言い、母さんの前で言えるのですか?!」

「ワタシ達は愛し合っているからいいのだ!!積み重ねてきたものが違うのだから!だがカール、お前は駄目だ!お前は絶対女に流されてしまうっ!」


 勘違いが重なって返答に困り果てるカールを、シーグヴァルドは一喝する。言葉は尽きたと言わんばかりに、両手で剣を握り締め構えを取る。


「言い訳は聞かん!あの女とどうしても一緒になりたいというのならば、ワタシを殺して行けいっ!!」

「だからそんな事は一言も───!」


 カールの反論を遮って、シーグヴァルドが飛びかかった。プレートアーマーを着込んでいるとは思えない瞬発力でカールに肉薄すると、長剣を斜め上から振り下ろす。


 ───ギンッ!!


 片手では支えきれないと判断したらしい。左手の鞘をその場に落とし、両手で長剣を持ち直したカールは、シーグヴァルドの刃を肩の側ギリギリで受け止める。

 一瞬でも判断が遅れていたら、カールの肩から斜めに刃が食い込んでいただろう。それほどにシーグヴァルドの一閃に迷いがない。


「どうしたあっ!お前の覚悟はその程度のものかぁっ!?」

「う───おおおぉおおぉああぁああぁぁっ!!」


 まるで息子の成長を期待しているかのような挑発だが、カールなりに心に刺さったらしい。気合と共にシーグヴァルドを押し返し、自身も下がって距離を置く。

 シーグヴァルドが体勢を整え、剣を構えるのに数秒とかからない。しかしその僅かな隙にカールは胸元に手を当て、魔術を発動させた。


「”加速ノイタレレッカ”!!」


 自分自身を強化する一言魔術だ。骨格と筋肉に魔力を這わせ、体の動きに合わせて補助を行う。

 筋力増強や視野拡張など効果は様々だが、カールは素早さを強化したようだ。収まりきらない魔力が、一度だけぶわりと体からあふれ出すと、煙となって棚引きだす。


 床を蹴ったカールの体は、一気にシーグヴァルドへ到達した。まるで足にバネがついたかのような、自重が下から横へ切り替わったかのような速さで飛びかかる。


 踏み出そうとしていたシーグヴァルドは、その速さに瞠目しつつも足を止めた。守りの体勢で待ち構える。


 ───ギャウンッ!!


 カールの膂力だけで振られた横薙ぎの一閃を、シーグヴァルドは剣の腹と籠手で受け止めた。勢いに負けて剣先三割程度を欠かしたが、涼しい顔で踏み止まる。


「ほう、やるではないか…っ。肩書きに反して魔術は不得手と聞いていたが」

「──────」


 不敵な笑みと共に送られた称賛に、カールの返事はない。歯を食いしばり続けざまに剣を振るうも、シーグヴァルドの欠けた剣でいなされてしまう。


 恐らく、返事をする余裕がないのだ。

 噂によれば、カールは魔術師に必要な素質”集中力”が欠けているらしく、一言魔術はほぼ使えないとか。

 この土壇場で発動出来たのも奇跡に近いだろうに、その上で術を維持し続けているのだ。他からの声に耳を傾けている余力など、あるはずがない。

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