第66話 少年兵の回顧・31~親子

 ───古来より、人の歴史は常に闘争の連続だった。

 口で決着がつかなければ殴り合いの喧嘩が起こり、殴り合いで勝敗がつかなければ互いに武器を取った。

 個人で折り合いがつかなければ集団で、集団でも諍いが起こればより大きなまとまりで。

 そうして、闘争の規模は徐々に広がっていった。


 戦争のルールは、そんな過程で作られていったものだ。

 傷付き、傷付ける事に嫌気が差した者もいただろうし、本来得られるべきものを失った者もいたのだろう。


 勝者には最大限の報酬を。敗者にも最低限の権利を。

 互いの配慮を下地に、ルールが編まれていく中で生まれたのが、暗殺術だ。


 戦争の勝敗を決める要素の一つに、主要な人物の死がある。

 集団の中心人物、あるいはその周囲の重要人物が失われる事で、集団の求心力が低下し、戦争を維持出来なくなるのだ。


 対象の暗殺に成功すれば、多くの民間人を傷つけなくて済む、不利な戦況を一気にひっくり返せると、戦時下においてはむしろ積極的に行われてきた。


 暗殺を敢行する者は金銭で雇われる事が殆どだが、特権階級に取り入る為に暗殺技能を習得する騎士も存在する。

 人体の構造、急所の位置、武器の扱い方。

 また広義の意味で、毒の座学や色仕掛けの実習まで発展させていく者達もいたという。


 前者は、剣術や柔術などの延長だ。より確実に対象を仕留める研究を重ねているに過ぎず、字面の物騒さを理由に罪悪感が生まれるはずもない。

 暗殺に失敗し戦火を拡大させてしまう方が、より罪深いのだから。


 ◇◇◇


(こんな技能を持っていたなんて…!)


 暗殺術自体はありふれた技術と言えなくもないが、カールの動きは一切無駄がなく洗練されていた。まるで専門家の下で長年修業していたかのようだ。


「どういうつもりだ、カール…?!」


 黒ずくめ達を制したカールに、抜剣した中年男の怒気が突き刺さる。その言葉の裏には、解せない感情と共にどことなく納得する思いが入り混じっている。


 一方、中年男に向き直ったカールの顔に、揺らぎや躊躇いはない。難問の答えにようやく辿り着いたかのような自信すら滲ませ、鞘から長剣を引き抜いている。


「どうもこうもありませんよ、父さん。オレは、自分が仕えるべき主を見出しただけです。より良い主に鞍替えなど、珍しくも何ともない」

「その暗殺術!誰が教え込んだと思っている?!

 お前を目にかけて下さったフェリシエンヌ様に、どう顔向けするつもりだ!!」


 その風貌や神経質そうな性格から、もしやとは思ったが。この中年男は、カールの父親シーグヴァルド=ラーゲルクヴィストで間違いないようだ。

 酷薄な笑みをシーグヴァルドに送るカールの顔立ちは、ふたりに血の繋がりを感じさせた。


「顔向け…か。なら、あの”星々の微笑”はどう言い訳するつもりですか?

 フェリシエンヌ様が肌見放さず身につけておられた国宝がここにある理由、父さんならばご存知なのではないですか?」


 シーグヴァルドの唇の奥から、ギチリと歯噛みの音が鳴る。


「───何が、言いたい」


 ノアが敢えて言わなかったフェリシエンヌの末路を、カールは父親の挙動で察したようだ。憤怒の圧に微塵も怯まず、静かに首を横に振った。


「フェリシエンヌ様がお隠れになろうがなるまいが、もうオレには関係ありません。

 オレはここで新たな主を見出した。そして我が主の願いは定まっておられる───どうかこのまま、縛についていただきたい!」

「っは、生意気な!!」


 その言葉を皮切りに、シーグヴァルドはカールに斬りかかっていた。


 ───ギャンッ!!


 上段からの振り下ろしを、カールは片手で構えた剣で受け止め、そのまま打ち払う。その拍子に後退し、右手に剣を、左手に鞘を逆手で持ち替え構え直す。


 シーグヴァルドは腰の後ろに手を回し、何かを前面へ放っていた。黒い砲丸のようなものは弧を描き、カール目掛けて落下する。

 カールがそれを見ようともせずに大きく右側へ退避すると、


 ───パンッ!


 砲丸は先程までカールが立っていた場所に叩きつけられ、激しい火花と破裂音を立てた。砲丸の外皮が弾け、鉄くずらしき無数の破片を周囲に撒き散らす。

 だがシーグヴァルドは勿論の事、カールも飛び散った破片にかすりもしなかった。

飛び散り方を知っていたかのように器用に避け、互いに踏み込む。


 勢いをつけて横へと薙いだカールの長剣は、シーグヴァルドの左の籠手から伸びていた鈍色の仕込み武器で受け止めていた。

 そしてシーグヴァルドが放った突きは、カールが突き出した鞘がその剣筋を逸らしている。鞘にしてはかなり丈夫だが、恐らく魔術による補強をしているのだろう。


 互いに武器を押し込むも、拮抗している力が崩れる事はない。腕を、肩を、心を震わせ、親子の睨み合いが続く。


「腕が落ちたな、カール!のお前ならば、先の手を与える前に三人とも殺していただろう。やはりお前は、ここへ送るべきではなかった!」

「そのにいつまでも到達しえなかったから、こうしているのでしょう。

 オレは感謝していますよ、父さん。ここに来なければ、オレは守るべきものを見つけられなかった!」

「何が守るべきものだ!あんな女が、我々と離反する程の価値があるとでも言うのか!?」

「父さんに理解してもらえるなどとは思っていない!こいねがわれど、彼女を守る事はオレが決めた道だ!彼女の為なら、オレはいくらだって強くなってみせる!」


 熱く語るカールを拒絶するように、シーグヴァルドは大きく跳ねて後退した。同時に一本のナイフを投げ、カールの追撃を阻害する。

 牽制とは言え喉元を正確に狙ったナイフだったが、カールは容易く鞘で弾いていなした。カツン、と音を立て、床に滑って行く。


 再び剣と鞘を構えて見据えるカールの姿を睨み、シーグヴァルドは忌々しげに吐き捨てた。


「チィ、馬鹿めが………魔女の見てくれにほだされおって…!」

「………………ん?見て、くれ?」

「とぼける気か。あの髪と目、ミカエラにそっくりではないか…!」

「は??」


(えっ)


 シーグヴァルドの唐突な指摘に、警戒を続けていたカールは勿論、すっかり城の壁と化していたノアもぎょっとした。

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