第63話 少年兵の回顧・28~善戦
玉座へ続く階段は、踊り場を挟んで六段ずつ。一気に駆け上がれなくもない。到達までは三秒とかからないだろう。
だが、階段の横幅は広くはないのだ。武器を振るうつもりなら、一度に来れるのは二人が精々。踊り場もそう広くは出来ていないから、足場としては
「死ねえ!」
向かって右側から上がって来た黒ずくめが、短刀を振りかぶる。標的はノアではない。玉座の背もたれに寄りかかり、不敵に口の端を吊り上げた使い魔だ。
(あの魔術師と違って、黒ずくめ達は僕が見えてない───なら!)
ノアは右手に力を込め、玉座まで迫った短刀使いの手首目掛けて鞘を振り上げた、
───パンッ!
「ぐおぉっ?!」
弾けるような音と共に短刀使いの得物が宙を舞う。陰りを帯びた魔術の灯りによって光の放物線を描いた刃は、広間へ甲高い音を奏でて行く。
光の芸術を見送る余裕などない。間髪入れず、ノアは鞘の切っ先を黒ずくめの喉元へ押し込んだ。
───ゴッ
「っ!?」
喉を打ち付ければ悲鳴も上がらない。視認不可能な鞘の一撃を受けて、黒ずくめは目を剥いた。上りかけていた階段から足を踏み外し、受け身も取れないまま広間へ転がり落ちて行く。
「き、きさまぁ…っ!」
短刀使いが何も出来ずに広間へ戻される様を見せつけられて、後追いの黒ずくめが激昂と共に長剣を構える。やはりノアには気付いておらず、使い魔を睨み上げていた。
長剣使いは、階段を上がりながらの攻撃は難しいと考えたのだろう。左側から玉座の裏手へ回り込み、使い魔に斬りかかるつもりでいるようだ。上機嫌にデッキブラシをぶらつかせている使い魔を警戒しながら、玉座の場へと上がってくるが。
ノアは、長剣使いの足と足の間にそっと鞘を差し入れた。
「うわっ?!」
見えないノアの鞘に足を取られた長剣使いは、玉座の場に上がりかけた所でバランスを崩し、膝をついてしまう。
ノアはすぐに鞘を引き抜き、長剣使いに一太刀入れようと振りかぶったが。
「ほあー」
───ゴリュッ!
「ごっ?!」
次の瞬間、デッキブラシが長剣使いの顔面にめり込んでいた。間抜けな掛け声に反してかなりの勢いで突かれたらしく、長剣使いは広間へ吹っ飛んでいく。手から零れた長剣も、後を追うように滑り落ちていった。
唐突に現れたデッキブラシに驚きつつも、ノアが柄へと顔を向ければ、そこには使い魔が悠然と立っていた。表情が作れるように出来てはいないようで、絶えそうもない笑みを作ったままデッキブラシを前面へ突き出している。
そして使い魔は、
(…この使い魔、もしかして僕が見えてる?)
緊張、不安、剣撃で一気に乱れた息を整えながら、この荒唐無稽な想像があながち間違いではないのでは、とも考える。
使い魔は魔術の技術だ。主の魔力などを使って生まれ、主を認識して命令をこなし、時には自我を獲得する。ならば魔力などを通してノアを識別する、なんて芸当も出来そうではある。
(でもこの使い魔に、攻撃技能が備わってるはずないよな。魔術は使えないだろうし、期待は良くないか)
ノアは、使い魔から広間へ視界を移す。
「お、おい、しっかりしろ!何でいきなりコケた!?何があった!」
短刀使いと長剣使いは気絶しており、他の黒ずくめ達が揺さぶって起こそうとしている。
魔術師は
そしてリーダー格らしき中年男は、こちらの正体不明の攻撃に動揺して
黒ずくめを二人も
(僕の鞘じゃ、殺傷力に欠ける。伸びてる連中も、すぐに目を覚ますはずだ。
「おのれ、汚らわしい魔女め!」
殺気が向けられて慌ててそちらに視線を移すと、女性らしき黒ずくめの一人がクロスボウを構えていた。射線は、ノアよりもやや上───使い魔───に向かっている。
(まずい!)
近づく人の動きは多少読めても、飛んでくる矢の動きまでは読めない。
そしてここで
迷っている暇はなかった。ノアは、持っていた鞘をクロスボウ使いに向けて投げつけた。
ノアの腕の力だけで放たれた鞘は即座に
「「「っ!?」」」
いきなり視界に現れた棒状の物体に、黒ずくめ達から動揺が広がる。
鞘の向かう先にいたクロスボウ使いも驚愕に目を丸くしていたが、故意か偶然か、一歩
───カッ!
狙いを定めたとは到底思えなかったが、放たれた矢はノアの鞘の中程に当たり、互いにその軌道を変えた。鞘は広間の東側へ跳ねて行き、矢はレッドカーペットが敷かれた階段の途中に突き立った。
(失敗、した………過信した!)
数歩降りた先に刺さった矢を睥睨し、ノアは自分がした行いが悪手だったと気付く。
鞘がクロスボウ使いに直撃して気絶させられたらいい───そう上手く行くはずはないと分かっていても、先の何とかいなせた戦いが、失敗の可能性を忘れさせていた。失敗後の問題も含めて。
「あの女じゃない───他に誰かいる!玉座だ!」
(…っ!)
確信が込められたクロスボウ使いの言葉に、他の黒ずくめ達が一斉に玉座を仰ぐ。見えているはずはないと思いたいが、前面から押し寄せてくる視線の圧に、腰から引き抜いた棒を握り締める手が震える。
ちなみに先程は果敢に戦っていた使い魔は、玉座の後ろで鼻歌を歌いながら呑気に体を揺らしていた。音程が外れているのが絶妙に癪に障る。
そして黒ずくめ達は、こちらがこれ以上行動を起こせないと気付いたらしい。警戒に顔をしかめていた中年男が、歪に口の端を吊り上げた。端正だが神経質そうな面持ちは、最近どこかで見たような気がする。
「…なるほど、魔術か。何者かは知らないが、小癪な真似をしてくれる。大方、一人逃げおおせてここで身を隠していた臆病者なのだろう。
───ノルランデル、矢を
「御意」
「ビリエルとトシュテンは、早く魔術師を起こせ!植物はそこまで迫っているぞ!」
「「は、ははっ!」」
(こ、ここまで、か…?!)
ノルランデルと呼ばれたクロスボウ使いが弓を装填している間、ノアは次の行動を見失っていた。近づいて来ない以上、こちらが出来る事は何もない。
矢が打たれたら、この身を盾にするしかなくなる。その拍子に
今日は何度この気持ちに陥っただろうか。もう百回位諦めたような気がして、ノアは自分の不甲斐なさに涙が零れそうになった。
しかし眠り続けるリーファを、置いて逃げ出す気持ちにだけはなれない。
これは王族としての矜持ではない。城を守る兵士としての意地だった。
(せめてリャナが望んだ通りに………弾除けに!)
右手を腹の前に据え、腰から頭までの中心に持っていた棒を押し当てる。胸、首、頭に当たらなければ、矢が当たっても痛いだけで済む。この際、使い魔の事までは考えていられない。
ノアが腹を括った頃、クロスボウ使いが矢を装填し終え、クロスボウを構えてきた。最初から決めていたのだろう。目標は、玉座に───ノアに向けられている。
が。
───ギギギギギィイィィイ───
「だああぁぁああぁぁ!!側女殿!無事かあ?!」
頼りになる───かどうかは分からない───叫びが、正面の大扉から聞こえてきたのはその時だった。
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