第57話 少年兵の回顧・22~成立

 使い魔”リーファ”を下がらせたカールは、改めてリーファに向き直る。

 その渋面からは、明確な意思決定をした様子はうかがえない。だがこうしてリーファの前に立ったのだから、ある程度気持ちの整理はついたのだろう。


「………話は、聞いていた。

 黒ずくめ共を無害化している間、負傷した兵達を治療する。それが、側女殿の望みなんだな?そちらが済めば、、と」


 その問いかけには、カールの思惑が内包していた。要するに、兵の治療が済めば後事の全てを自分の意のままにしてもいいのか、と聞いているのだ。

 傷が癒えた兵達を殺して回っても、襲撃者達へリーファを差し出しても、帰城したアランを相手に籠城を決め込んでも文句は言わないのか───と。


「…お腹の子は守りたいと思っています。でもそこは条件に加えなくても良いですよね?」


 ”お腹の子は、当然自分と一緒に安全が保障されるべきだ”と暗に示してきて、カールは思わず苦笑していた。


「オレが側女殿に危害を加えないと、本気で思っているのか?おめでたいな」

「付き合いが長いとは言えませんけど、私はカールさんは信頼に値する人だと思っています。

 弱者の守護者たるとしても、何だかんだ身内には甘いターフェアイト師匠のとしても。

 …まあでも、もし魔術発動中に後ろから刺されたとしても、そこはそれ。私の見る目がなかったと思う事にしますよ」


 剣呑な場にそぐわない、一見朗らかなリーファの笑顔は、カールを挑発しているようでもあった。何なら、”やれるものならやってみろ”と言葉が続きそうだ。


(それだけ、この人を信用してるって事だものな………なんか、すごいな)


 血族ギースベルトすら信用していないノアからすれば、カールの人となりを信じているリーファの気持ちは理解出来なかった。カールの真っ直ぐな性分はノアにも何となく分かるが、たとえ十数年来の親友だったとしてもそこまで過信はしないだろう。


 頬を紅潮しながらも苦虫を噛み潰したような顔をしたカールは、やがて後ろ頭を掻きつつ重い溜息を吐いた。


「『騎士たる者、世のあらゆる弱者を尊び、守護者たるべし』───か。騎士道の教えを、側女殿が知っていたとはな。

 側女殿程の魔術師を、弱者と定義づけていいものか悩むところだが…まあいい。

 分かった。一度だけ力を貸そう」

「!」


 カールの協力を取り付ける事が出来て、ノアと目を合わせたリーファの顔が、ぱあっと明るくなっていく。さすがにギースベルト派からの鞍替えとは行かなかったが、それでも大きな進展だった。


 もっとも、ノアとしては不安要素はある。

 カールがノアアロイスを黒ずくめの連中に差し出し、アランとの対立に利用する可能性はあるが───


(僕は、アラン兄上の代わりだ。逃げる訳にはいかない)


 こればかりはリーファに頼れない。成り行きを見ながら、自分でどうにかする他ないだろう。


 承諾の意味を込めてノアがうなずくと、リーファもまた頷き返し、カールに向き直った。


「では、それでお願いします」

「………成立だな」


 この宣言は、カール自身の心に言い聞かせる意味合いもあったのだろう。言葉で逃げ道を断った、と言えるのかもしれない。決意を固くしたカールからは、いびつに張り詰めていたものが解れているように見えた。


「今、各階の視聴板で見てきた。

 3階は爆発の噴煙が酷くて待機には適さない。4階は強硬派が行き来している。地下は側女殿の魔術との噛み合わせが悪くなるだろう。だから───」

「謁見の間、ですね」


 リーファが示した回答に、カールは首を縦に振る。


「城内でも特に魔力が集中する場所だ。動かなければ、不可視化インビジビリティの魔力も誤魔化せるだろう。

 人の出入りはあるが、さすがに神聖な玉座に触れようとは思わないはずだ」


 淀みなく移動先の有用性を説いたカールは物憂げに目を逸らし、言葉を続けた。


「…オレも、近場にいる者には話がある。

 ついでだ。三人の空間転移は少し不安だが、玉座の裏手へ送って行こう」


(さすがにしがらみが多過ぎた…か)


 ノアは、カールが出した結論をそう分析した。


 リーファに向けている感情は不明瞭だ。慈悲以上愛情未満とでも言うべき曖昧な気持ちでは、全面的な協力の理由にはならないのだろう。

 ノアアロイスの言葉がカールに揺さぶりをかけたのは確かだが、彼が恩義を向けているのはあくまでギースベルト公爵だ。やはり、こちらにつく理由としては弱い。


「…ありがとうございます。では、これはカールさんに預けておきますね」


 柔らかい笑みを浮かべたリーファは首の後ろに手を回し、指先を動かしていた。

 どうやらペンダントをつけていたらしい。首元から出てきたものを、カールに差し出す。艶のある藍色のガラスにバラと蝶の飾りがついた、金のペンダントだった。


「…これは?」

「陛下の髪が入ったロケットペンダントです」

「げっ」


 カールが露骨に嫌な顔をした。驚いた拍子にペンダントを落としそうになり、慌てて両手で受け止めている。


 嫌がる事は分かっていたようで、リーファは口元に手を当ててクスクス笑っていた。


「ここは陛下のお城ですからね。魔術の巻き添えにならないよう、魔術の効果から陛下を除外します。

 陛下の髪が入ったそのペンダントを持っていれば、クレマチスの眠りの魔術にかからなくなりますよ。回復魔術も効かなくなりますけどね」


 確かに、城中がクレマチスで満たされ皆が眠りについた時、カールだけが自由に動く工夫は必要だ。

 だが、こうしてカールに手伝ってもらう事は想定外だっただろうから、他の信頼ある人物───恐らくヘルムート辺り───に渡して事態の解決を考えていたのかもしれない。


 どこまでも用意周到なリーファに、カールは感嘆の吐息を零した。


「そこまで考えていたのか………頭が下がるな」

「『魔術師は、九割が下準備、一割が愛嬌』ですから」

「ん?『一割は度胸』ではないのか?」

「そう師匠が?…まあ、あの師匠なら、人によって言い換えていたかもしれませんね。私に”愛嬌”が必要なように、カールさんにはきっと”度胸”が必要なんでしょう。

 ───さあ、もう少し話を詰めて行きましょうか?」


 師匠の教えをリーファはそう解釈すると、幼げな顔立ちに愛嬌を添えてみせたのだった。

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