第56話 少年兵の回顧・21~自我

「あ…」


 ふと、リーファが視線をノアの先に移している事に気付いた。

 ノアもまた振り返り、その姿を注視する。


 使い魔”リーファ”だった。リーファを模して造られたカールの使い魔は、ほんのり膨らんだ下腹の上で両手を組み、微動だにせず佇んでいる。


「こんにちわ、”リーファ”。私達に何か用事?」


 許諾もなく自分の姿形そっくりに造られた使い魔を相手に、リーファは嫌な顔一つせず声を掛ける。ノアが同じ立場ならば、生理的嫌悪が勝って距離を置きたくなるが、リーファの懐が深いのだろうか。


(リーファさんの髪の毛と、ラーゲルクヴィスト上等兵の体の一部を使って出来た使い魔か…。合作、って言っていいのかな………なんか、一夜のあやまちで子供が出来た、みたいな感じで嫌だけど…)


 馬鹿な事を考えていると、吊り上げた口角を動かせぬまま、使い魔が明朗に答えてきた。


「いいエ、。ワたしハ、カールさんカら『リーファらしクふるマえ』とメイじられてイます。だかラ、マスターリーファのフルまいをカンさつしテ、べんキョウしていマス」


 使い魔”リーファ”にとっては、リーファは初対面だ。カールが望む姿に近づく為に、観察しに来たのだろう。

 得心がいったのか、リーファはうなずいていた。


「”マスター”は不要よ。あなたの主はカールさんただ一人。私を共同制作者と見なす必要はないわ。

 私の事は………そう、ね。リーファだと混乱するから、”プラウズ”と呼んでね」

「わかりマした、プラウズさん」


 どこか事務的に呼び方を指定すると、使い魔は素直に従った。


 言葉を慎重に選んで命じるリーファの姿にを感じたが、恐らく人格が育っていない使い魔と相対あいたいしているからなのだろう。右も左も分からない子供を困らせないように教育を施すようなものだ。


「プラウズさんに、キキたいです。わたしハ、カールさんのイウとおり、プラウズさんらしく、フルまえていマスか?」


 使い魔の質問に、リーファはゆっくりと瞬きを一つだけした。驚いてはいるが、同時にその問いを予想していたようでもある。


 この使い魔の声音や仕草は洗練されていて、成長に思い悩むどこかの令嬢を思わせる。両手を組み、肩を落とし、顎を引いて目を伏すその立ち姿だって、土塊で出来ている事を忘れてしまいそうだ。


「カールさんは、ワタしが”リーファ”らしくソダつと、よろコンでくれマス。わたしハ、カールさんニ、もっとヨロこんでモラいたいです」


 そして伝わってくる、思慕にも似た想い。

 リーファに対する植物の使い魔ラザーのように、使い魔は制作者に愛情のようなものを向けているようだ。


 制作者に喜んでもらいたい使い魔の在り方は、とてもいじらしいが───使い魔の振る舞いがリーファらしいかと問われると、ノアは首を傾げてしまう。


(ちょっと…いや大分、リーファさんに夢見てる感じはあるんだよな………そういうのが趣味なのかな…)


 ノアは、この使い魔の挙動に女性的なを感じていた。少女趣味とでも言うべきか。リーファにはこうあって欲しい、と望むカールの思惑が、使い魔の振る舞いから露骨に伝わってくるのだ。


 どんな返事をするのか気になってリーファを見やると、彼女は、ふふ、と笑って肩を竦めていた。


「そうねぇ………私はカールさんの前ではから、私らしいとは言えないかもしれないわ」

「…ネコ?」

「そう、ネコ。って鳴く、アレね。───ああ、ここにずっといたなら、まだ見た事はないかな?」

「ねこ………にゃお………?」


 緩く握った拳を小さく上下に振って、リーファはおどけてみせる。すると使い魔も、リーファと同じように手を振って、首を傾げながらもブツブツと復唱をしている。


「私は、もっと我が儘で欲張りでヤンチャなの。やりたい事は全部やりたいから、さっきもカールさんを困らせてしまったしね。

 嫌いな人をぶん殴った事もあるし、目上の人にだって言いたい事はちゃんと言うわ。

 そうね。本当の私は、なの」


 この使い魔の在り様に思う事でもあったのだろうか。自身を語るリーファは、どこか得意気で、悪戯心が透けて見える。普段の彼女にはない、ちょっとだけ”わるーい魔女”を体現していた。


「ワがまま………やんちゃ………なぐ、投げ、ル?………悪い、ま女」


 一方、一気に増やされた情報を、使い魔は懸命に学習しようとしていた。瑪瑙めのう色の瞳を右へ左へ移ろわせて、些か混乱しているようだ。聞き間違いもしているが、まあそこは大した差ではないだろう。


(………なんか、喋り方が変わってきてるような───)


「───あまり、変な事は教えないでくれ」


 使い魔の変化を遮るように、いきなり男性の声が湧いた。

 全員が声の先に顔を向けると、苦々しい顔をしたカールが近づいて来ている。

 彼の手には麻の袋が握られていた。何か固いものが入っているようで、その輪郭がいびつに角張っている。


 会話をする距離まで近づいたカールは、まずは先の言葉を反芻している使い魔に命じた。


「リーファ、今言われた事は全て忘れるんだ。お前には必要ない」

「でも…”リーファ”は………」

「そうね、言い過ぎたわ。”リーファ”、忘れてね」


 不機嫌に顔をしかめたカールを眺めて微笑んでいたリーファも、使い魔の茜色の髪を撫でてそう言葉を添える。


「………………」


 ふたりの制作者に命じられてしまえば、使い魔は拒否出来ないのだろう。目を細めて不承不承を滲ませつつ、うなずくように顎を引いたのだった。

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