第54話 少年兵の回顧・19~渇望

 一足早くリーファが納得している事に驚いて、カールが険しい顔を上げた。


「そ、側女殿は、信じると言うのか!?こんなっ…こんな、事を…!」

「私は、王族にそういう務めがある、っていう話は聞いていたんです。アロイス様が、務めに出ている事も。

 ヘルムート様が、アロイス様の事を『帰城する事はない』って言い切っていて、気にはなってたんですが………、って意味だったんだなって…」


 どうやらリーファは、アラン達からその辺りの事情は聞いていたようだ。一介の兵士には知らされるはずのない裏事情に、カールが青ざめて行く。


「本来は、兄弟であっても素性は知られてはいけないものらしいんですが………恐らく、ヘルムート兄上は後見人と何らかの交渉をしたんでしょうね。

 人の目があるので、兄弟として接して頂く事はありませんでしたが、務め始めから僕の事を気にかけて下さっていました」


 同意を求めるように顔を向けて来たリーファに、ノアは静かに首肯した。


 理解があり、ギースベルト派でもないリーファへの説得はもう十分だった。ノアは改めて、カールに向き直る。


「最近になって、ギースベルト派もアロイスがここにいる事を把握するようになりました。

 今まで接触はなかったので、”ノア=アーネル”であるとは気付いていないと思いたいですが…。

 ”アロイス=ギースベルト”という偽者を用意して、アラン兄上と兵士を城から引きずり出し、僕をギースベルト派の旗頭とするべく確保に乗り出したのが、今回の襲撃です」

「…城の占拠と私を殺す為だけにこんな大それた事をするなんて…って思ってはいましたけど、前提が違っていたんですね。

 アロイス様を探して、ついでに邪魔な私を殺す流れだった…と」


 冷静に続けたリーファの言葉に、カールは反応出来ていなかった。紫の目を虚ろに揺らし、体を震わせている。

 情報量の多さに頭がついて行けていないのだろう。ノアの正体、王族の役務、襲撃の概要───どれも、カールが干渉してはいけない事柄ばかりだ。


 だが、ここで話を止める事は出来なかった。

 カールだからこそ、これだけは言わなければならないのだ。


「僕は、公爵の悪行にもギースベルト派の蛮行にも賛同出来ません。

 仮に彼らの目論見通りに僕が王位に就いたとしても、僕の意見が通る事などないでしょう。ギースベルト派に傀儡として生かされるだけだ。

 血統を尊び、それに相応しき執政を望むあなたが、それを良しと出来ますか?」


 カールと正面から向き合う。ノアの藍の瞳と、彼の紫の瞳がかち合う。

 目を逸らさずに、ノアは毅然と訊ねた。


「改めて問います、カール=ラーゲルクヴィスト上等兵。

 あなたはギースベルト公爵とラッフレナンド王家、どちらに忠誠を誓う者ですか?」


 遠いどこかから、かしゃん、と音が聞こえた。多分だが、使い魔達が立てた物音なのだろう。

 だがそれは、カールの価値観が崩れた音のようにも思えた。


「………オレは───オレ、は───ッ」


 しばしノアに見つめられたカールは、やがて憔悴に顔を歪め、頭を抱えてくずおれてしまった。か細い唸り声を上げて、怯えるように身を縮めている。


 こうしている間にも、城の占拠は続いている。物的人的共に被害はようとして知れず、時間をかければかけただけ確実に状況は悪化していく。


 膠着状態を打破出来ればと、カールの心が少しでもギースベルトから距離を置いてくれればと、身分を明かしてみたが───只々彼を追い込むだけとなってしまっただろうか。


(ああ。僕に、人々を惹きつけるような───兄上達のような風格があれば…)


 兄達のようなカリスマを持ち合わせている訳でもない平々凡々な男、それがノアアロイスだ。ラッフレナンド王家の血族という身分を隠してしまえば、残るのは非力で人の機微にも疎いだけの小物でしかないのだ。


 常日頃、王家の血筋は足枷にしかならないと思い続けていたが、今ばかりは血筋に秘められた才能が欲しかった。他者を圧倒する武力が、他者を説得出来る口弁こうべんが欲しかった。


「…カールさんには、少し時間が必要みたいですね。一度、席を外しましょうか?」

「そう、ですね…」


 柔らかく笑ったリーファの提案に応じ、ノアは肩を落として席を立った。

 やはり今日は、後悔ばかりをしているような気がする。


 ───絨毯に残された”星々の微笑”が、上手く事を運べないノアを嘲笑あざわらうようにちらりと輝いていた。

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