第53話 少年兵の回顧・18~告白

 何だか今日は後悔ばかりをしているような気がする。初動を見誤り、リーファ救出で遅れを取って、カールとの交渉は聞きに徹してしまった。


 城を守りたいリーファとそんなリーファを守りたいカールが側に居ると、どうしても部外者なのだという気持ちが抜け切らないのだ。当事者は他ならぬ自分だというのに。


「………リーファさんをわずらわせて、すみませんでした。もっと早く、僕が動いていれば良かったんです」

「ノア、君…?」


 深々と頭を下げるノアを見て、リーファが怪訝に眉をひそめている。


 当然と言えば当然だ。”ノア=アーネル”は、リャナから頼まれてリーファを助けに来ただけのしがない一等兵だ。

 兵士の雑務にあくせく駆けずり回り、上官のいい加減さに振り回され、剣の稽古に精を出し、同期と下らない猥談に花を咲かせる、どこにでもいる普通の少年だ。


 だが───


(もう、自分の立場から逃げる訳にはいかない)


 ノアはカールに向き直り、声を精一杯低くして問うた。


「カール=ラーゲルクヴィスト上等兵。

 あなたは、ギースベルト公爵家に忠誠を誓うものですか?

 それとも、ラッフレナンド王家に忠誠を誓うものですか?」

「………何を、言っている?」

を即位させたいというあなたの言葉───その気持ちが、どこに向けた忠義なのかと聞いているのです」


 いぶかしむカールにそう返し、ノアはチェインメイルの襟元を開けた。

 首の後ろに両手を回し、の留め具を外して絨毯の上へと形を整えて置いて見せる。


「───!?」


 どちらが反応するか、どちらも反応しないのではないか───そこばかりはさすがに賭けだったが、幸いにもカールが顔色を変えてくれた。


 絨毯に飾るように置いたのは、一本のビブネックレスだ。


 よだれ掛けビブの名の通り、胸元を彩るようレース状に大小様々な宝石が散りばめられている。

 銀のチェーンをベースに、真珠、カイヤナイト、ガーネット、エメラルド、タンザナイトなどが飾られており、星の煌めきの競い合いを眺めているかのようだ。


 そんな中一際大きく鎮座するのは、中央にあるピンクダイヤモンド。

 ラウンドブリリアントカットされた”完全な愛”の石言葉を持つ奇跡の石は、天井の光を受け神々しく輝いている。


 男性が身につけるにはあまりにも華美が過ぎ、女性であってもその美しさに見合う品格がなければ霞ませてしまう。まさに身につける者の品格を試す装飾品だった。


「この、ネックレスは───”星々の微笑”…?!」

「知ってるんですか?カールさん」

「ああ。昔、先王陛下に謁見した際、一度だけ見た事がある。当時の正妃フェリシエンヌ=ギースベルト様が身に付けておられた国宝だ…!」


 きょとんと首を傾げたリーファに、カールが戦慄わななきながら答えていた。恐る恐る”星々の微笑”に手を伸ばそうとして、触れて価値が下がる事を恐れるかのように引っ込めている。


「はい。これは、フェリシエンヌ=ギースベルトが持ち出し、現在紛失扱いになっているラッフレナンドの国宝”星々の微笑”です。そして───」


 ノアは被っていたサレットを外し、横へと置いた。

 懐疑に腰を浮かせていたカールの表情が、ノアの容姿を見て驚愕と畏怖に歪んで行く。


 毛先は火箸で緩く巻いていたが、ノアの生来の髪質はぺったりとした直毛だ。ここ数ヶ月は染毛もしていなかったから、根元から数センチは明るい金髪になっている。毛先は栗色に染まっているので、くすんだ金貨を中途半端に磨いたような光沢を思わせた。


 ギースベルト公爵から『冬の夜空を溶いたようだ』と不本意ながら認められてしまった藍の瞳で、ノアはカールをねめつける。


「…僕の本当の名は、アロイス=ラッフレナンド。現王アラン陛下の、弟です」

「──────!」

「アロ、イス、様…!?」


 ノアの名乗りを受け、ふたりは目を剥いて驚いていた。カールは息を呑み、リーファは口元に手を当ててノアを見つめている。


「黙っていて、申し訳ありません。王族の務めとして身分を隠し役務に就いていた為、おふたりに事情を話す事が出来ませんでした。

 役務中に身分を明かすのは、本当は良くないんですが………状況が状況です。

 生憎、身分の証となるものはこの身とそのネックレスのみですが、どうか信じて頂けたらと思います」

「馬鹿、な───」


 頭を下げたノアを見下ろし、カールは力なく膝を折っていた。膝元のネックレスとノアの容姿を交互に見る様は、そこにある証拠品の粗を必死に探しているようにも見える。


 一方リーファは、絨毯に置いたサレットを手に取って、内側から目元にあたる部分に触れていた。そこにある黒い布地に気付き、感心の吐息が零れている。


「…サレットに、黒い網目織りが入ってる………これで、目の色を誤魔化していたんですね…」

「髪は定期的に染めていましたけど、基本はサレットで隠していました。男所帯ですから、割と気付かないものですよ。この目と髪の事を知ってるのはアハトくらいです」

「ああ………アハト君、結構目敏い所ありますから、何か分かります」


 ノアの軽口に対し、リーファは遠慮がちにはにかむ。ノアの正体を知り、距離感を測りかねているのが伝わってきた。

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