第52話 少年兵の回顧・17~要求

「………髪よりも、欲しいものはあるが…」


 ボソッと零したカールのぼやきに、リーファとノアは同時に反応した。


「え、そうなんですか?なんでしょう?」

「…血が、欲しい」


 カールの要求に、ノアは眉をひそめてしまった。


 血液もまた、魔術の材料としてよく使われる素材だ。肉体の表層に出てきた髪や爪よりも魔力を多く有しており、より規模の大きい魔術に使われる事もあるのだとか。


「…血。たくさんは難しいですけど、それで良ければ今からでも…」

「いや、側女殿が傷つく必要はない。ええっと………何だったか。

 女性ならあるのだろう?その、月に一度、出血する時が」

「………も、もしかしての事を言ってます?」


 困惑に首を捻るリーファに対し、カールは臆面もなくうなずいた。


「学を授けた血の蜜酒、女王が忠誠の証として振る舞った経血入りの蜂蜜酒………逸話は色々とあるが、側女殿の経血で自分にどのような変化があるか、気にはなっていたんだ。それが欲しい」


(うわ)


 何とも思わない様子で肯定するカールの非常識さに、ノアは総毛立つ。生理的嫌悪からか喉を圧迫するような不快感を覚え、思わず生唾を嚥下えんかした。


「え、衛生的に良いものとは言えませんよ?!それに非常識だ!」

「む、駄目か?師匠もかつては実験用に保管していたと言っていたし、女魔術師ならば持ち合わせているかと思ったんだが。

 衛生面は…出来るだけ気を付けるつもりだ。アルコールに少量混ぜる程度ならばいけると思うんだがな。

 媚薬のような効果もあると聞く。オレは側女殿の事を何とも思っていないが、そんなオレがどうなるのか、ちょっと試してみたいんだ」


 不快に顔をしかめたノアの反論にも、カールは意を介さない。生真面目そうな紫の瞳にほんの少し煌めきが見えるのは、好奇心が混じっているからだろうか。


「あの、申し訳ないんですが…」


 魔術師カールの倫理観の無さに恐々としていると、カールとノアの間を割るようにおずおずと、リーファが手を上げてきた。

 こちらが顔を向けると、彼女は目を逸らし遠慮がちに口を開く。


「…まず、ですが…私は保管はしていません…。

 師匠にはよく勧められたんですけど、使い道が全然思いつかなくて」

「王との逢い引きに使えるんじゃないのか?」

「最近は幻術を使ったにはまっていたので、そちらの発想はなかったんです。

 あとは…やはり衛生面で怖いですし。変なもの食べさせて体調崩されたら、ヘルムート様に怒られてしまいますから」

「あぁ…それは、分かる。あの従者は、口うるさそうだ…」


 腑に落ちたらしく、カールが深々とうなずいている。王付きの従者ヘルムートとカールに接点はないように思えたが、その表情からはどことなくうんざりした気持ちがにじみ出ている。


(っていうか、衛生面に問題なければ、そういう逢い引きの選択肢もある…?)


 ふたりの会話からそうとも読み取れてしまい、ノアはゾッとした。男女の秘め事の奥深さは、ノアのような若造にはまだ理解出来ない。


「それと、妊娠中は生理が来ないんです。出産後も授乳中は生理が来ないらしくて、当分は難しいんじゃないかと…」


 続けて告げられた話に、ノアは少なからず衝撃を受けた。


 ノアは、上に兄達がいるばかりで女性の生理事情に詳しいとは言い難い。一応婚約者はいるが、そもそもそんな下世話を上げる真似など出来るはずもない。


「そ、そうだったのか。いや、それなら仕方がないか…」


 カールも似たようなものなのだろう。無知を思い知らされ、ばつが悪そうに頭を掻いていた。

 だが顔を上げたリーファは、そこで終わりにはしなかった。


「で、でも代替案があるんです!

 ───その、は、どうでしょうか?!」

「「??!!」」


 リーファから示された案に、カールもノアも驚愕した。


「き、聞いた話、母乳も血から出来上がるらしくて、経血と変わらないもののはずです!

 日持ちはしないでしょうけど、赤ちゃんにあげるものなので、衛生的にも問題はないかと思いますし…。

 渡せるのは出産後になりますけど、御子様は乳母に預けるでしょうから、私のは余ってしまうはずなので、それで良ければ…!」


 必死に母乳の有用性を訴えるリーファを、カールの突き出してきた右手が遮ってきた。

 うつむいているカールの顔は、耳から首から茹でたカニのように真っ赤だ。


「す、すまない。この話はなかった事にしてくれ…」

「な、何でですか?」

「背徳感が、強過ぎる…!」


 あまりに今更な拒否理由に、リーファは呆気に取られていた。


「け、経血だって変わりませんよ?!」

「分かってはいるが…素材として使うたびに、側女殿の顔がちらつきそうで…!」

「!?」


 ノアからしてみればやはり今更な理由だったが、今度はリーファの顔が真っ赤に染まって行った。


 素材として使うとしたらどっちもどっちだが、採集している光景のの点で、母乳に軍配が上がってしまうのだろう。生理事情を理解していなかったカールらしい反応だった。


「………ええっとぉ…とりあえず、どちらもすぐには用意出来ませんし、この交渉はないという事でいいんじゃないですかね…?」

「「はい………」」


 馬鹿なやりとりをしていたと互いに気付いたのだろう。ノアの提案に、顔を赤くしたふたりは大人しく引き下がったのだった。

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