第51話 少年兵の回顧・16~交渉

 気付いたら、それほど広くはない絨毯に三人が座って話し合う事になってしまったが、こうして腰を据える事に意味はあった。

 この距離ならば相手の顔は良く見えるし、動作はどうしても数拍遅れる。それはノアにも言える事だが、カールが怪しい動きをした時、リーファの盾になるくらいは出来るだろう。


「それは…困る。貴女が連中と対立するなら、オレは貴女を止めなければならない。貴女に背中から撃たれたくはないからな。事が済むまで、ここに留まってもらう」


 襲撃に父親が絡んでいる以上、リーファへのこれ以上の肩入れは無理だと悟ったのだろう。カールは苦々しい表情で首を横に振った。


「カールさんの背中を撃つ気も、黒ずくめの人達を傷付ける気もありません。カールさんはここから出してくれるだけでいいんです。

 …あとは、私のやる事に、目を瞑って下されば」

「それが背中を撃つ事と同義だと言うんだ。倒した兵士が息を吹き返したら、折角の襲撃が水の泡になってしまうだろう。

 黒ずくめの連中あいつらを仲間などと思いたくもないが、アロイス殿下の即位は譲れない。分かってくれ」


 ここを出る術を持っているカールの機嫌を損ねる事は得策とは言えないが、言い負かせる自信があるのかリーファが怖気づく様子はない。膝で前進してカールに詰め寄って行く。


「そもそもこの襲撃計画は、アロイス様の来城が前提ですよね?もしアロイス様が討たれて陛下が戻れば、籠城する理由はなくなるんじゃないんですか?」

「け、計画の内容は分からない。オレには、答えられない」


 こんなに食い下がるとは思っていなかったのか、這って近づいてくるリーファから逃れるようにカールが鼻白む。


 膝を突き合わせるか、という所まで近づいたリーファは、鮮烈な赤の入り混じった瑪瑙めのう色の瞳で真っすぐにカールを見据えた。


「城にどちらが戻るか、それが分かるまででいいんです。

 私とノア君をここから出して、黒ずくめの人達の一時的な抑え込みと怪我人の治療をさせて下さい。

 治療が済んだ人達の抵抗が困ると言うなら、動けないように簀巻すまきにしてくれても構いません。

 陛下が戻らずにアロイス様が来城したら、私は大人しく城から出ます」

「………それ、は───」


 リーファから示された精一杯の譲歩。そこに望んだものがちらついたか、カールが喜色に歪んだ。

 そこを、リーファは見逃さなかった。


「ん、今ちょっと悩みました?」

「む?いや、悩んでは…」

「悩みましたね?交渉の余地ありと思っていいですよね?」

「いや、それは、その…」


 安堵に口元を緩ませている事に気付き、カールは慌てて手で押さえるが、時既に遅しだ。

 突破口を見出したリーファは、懐柔するべく搦め手を繰り出してきた。


「だったら、もう少しだけ色を付けます。

 ………実は、師匠の遺品の中からが見つかりまして」

「!?」

「恐らくですが、革命当時の師匠のものではないかと考えています。それを差し上げましょう。使い魔に使ってあげるといいと思いますよ」


 にんまりと微笑んだリーファの提案は、カールを十二分に動揺させた。


 敬愛する大魔女ターフェアイトを模した使い魔”ターフェアイト”の完成は、カールにとって悲願と言える。

 今は外見すら整っていない有様だが、使い魔”リーファ”のように当人の体の一部を組み込めば、疑似人格とやらは一気に成長するだろう。


「………し、。そんなものがあったんだな…!」

「自分用に取っておいたんでしょうが、どうやら忘れてたみたいですね。カモフラージュに使ってた入れ物もかなり古いものでしたから」

「ぬ、ぐ、ううぅ………し、しかし、それで父を裏切る訳には…っ!」


 墓を暴こうとしてまで望んだ、大魔女ターフェアイトの遺髪だ。カールにとっては喉から手が出る程の逸品のはずだが───さすがに長年の宿願と天秤にかけるのは躊躇ためらわれたようだ。顔を毟るように力を込めた指先は白く染まり、煩悶に体を震わせている。


 そしてリーファはというと、思ったよりも反応が悪いカールを見て困惑に唇を尖らせていた。

 恐らく彼女にとっても奥の手だったのだろう。二つ返事が得られず、無造作に垂れた茜色の髪を弄る。


「んっと…困りましたね。これで乗ってくれると思ってたので、悩まれるとは思いませんでした。

 後は…私の髪とか、追加で使います?」


 髪や爪などの体の一部は、魔術や呪術の材料になり得る手軽な素材、と勉強した事がある。ただ、他者に悪用されやすい一面もあり、対策の為に髪を剃る魔術師もいるらしい。


 黙って成り行きを楽しんで───もとい、見守っていたノアは、慌ててリーファに待ったをかけた。


「り、リーファさん、いいんですか?そういうのって、魔術的に良くないんじゃ…」

「出産前に切るつもりだったし、これでカールさんが助けてくれるなら、背に腹は代えられないっていうか…」


 リーファは渋い顔をしているが、考えを改めるつもりはないようだ。

 既に色々とやらかしているカールだが、今の所リーファに危害を加えるような行いはしていないし、そんな彼の人となりを信用している故なのだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る