第50話 少年兵の回顧・15〜提示

 自分の発言で余計な心配をさせてしまったと思ったか、リーファは慌てて話を戻してきた。


「そ、そういえば、ノア君は何でここに?」

「あ、ええっと………僕は、リャナからリーファさんを守るよう言われてたんです。襲撃を予見してたみたいで…」

「え………じゃあ、訓練が辛くて除隊したって言ってたのは…」


 いつぞやついた些細な嘘を、よく覚えてくれていたものだ。

 訓練が厳しかったのは確かだが、そこを訂正する事に意味はない。ノアは苦笑いと共に小さくうなずいた。


「ええ、まあ、そんなところです。

 ………彼女から、僕の事は何も聞いてなかったですか?」

「…うん。なかったなぁ」

「そうでしたか。………当てにされてなかったのかもしれないですね」

「当てにして油断するのも良くないしね。仕方がないのかも。

 ………でも、そっかぁ。今なら頼りに出来るって事ね…」


 リーファは意味深長に呟き、思案に首をかしいだ。彼女の中で、ノアを絡めた案が練られているのだろうか。


(僕に出来る事なんて、何もないのにな…)


 ノアが持つ鞘でリーファと物理的に距離を取らされたカールが、鼻をすすって胡乱うろんな表情を彼女に向けた。


「リャナ………側女殿の友人とか言う、行商の娘か。…何者だ?」

「えっと…父方の知り合いなんです。…ノア君とも、仲が良かったのね?」

「何故だか分からないんですが、懐かれてしまって………僕は、ちょっと苦手なんですけど…」


 今に至るまで振り回されている気持ちがノアの顔に出ていたか、リーファがクスクスと笑っている。


「あの子は強い子だからね。でも人を見る目はあるから、あの子がノア君を見込んだのなら信頼出来るわ」

「そ、それほどか…!」


 カールは動揺に顔を歪ませ、ノアを睥睨へいげいした。”リーファが信頼しているリャナ”が頼ったノアは、下手をしたらカールよりも信用に足ると見なされたらしい。


(僕に出来る事、本当に何もないんだけど…っ)


 羨望と嫉妬が混濁した眼差しで睨まれるのは辛いが、今の所活躍らしい活躍をした訳ではないのだからケチがつくのは仕方ないか。


 ただ、いつまでも”貧弱な無能兵士”でいる訳にはいかない。

 ノアはリーファに向き直り、彼女の前で膝をついた。


「…僕は、リャナに認められるような強い兵士じゃないんです。

 剣の腕は同期アハトに敵わないし、魔術だって得意と呼べるものじゃない。

 ただ、リーファさんがこの城から脱出したいのなら、一つだけがあります。

 僕の希望としては、リーファさんにはそれでここを出て欲しいですが…。

 でも、僕も男です。あなたがを望んだとしても、僕が出来る範囲でお手伝いをさせて下さい」


 言い淀む事無く発したノアの所信表明を、リーファは凛とした眼差しで受け取ってくれていた。

 いつも廊下で話しかけてくれる、穏やかな町娘然とした彼女ではない。

 王の傍らで王の道を照らす、気高き魔術師の風格がそこに垣間見えた。


「ありがとう、ノア君。ノア君が手伝ってくれるなら、私も自分に出来る事を頑張ってみます…」


 ノアに柔らかく微笑んだリーファは、カールへと顔を向けた。


「カールさん、教えて下さい。ここは城のどの辺りなんですか?」


 こちらのやり取りを面白くなさそうに見ていたカールは、ほんの少しの間言葉を紡ぐのを躊躇ためらっていた。が、溜息を一つ零し、口を開く。


「…ここは、本城の”壊せぬ五本の支柱”の中心───地下シェルターの真下だ」


 はたと気付き、ノアは振り返った。ここで一際目立つ、巨大な柱を凝視する。

 どこかで見た事があるとは思っていたが───


「あの柱…玉座の後ろの支柱ですか…!?」

「やはり、謁見の間や王の寝室の真下なんですね………師匠らしいというか…」

「城中の魔力が集まる場所だからな。大規模な実験には丁度いいだろう?」


 苦い顔で呆れているリーファに、カールはふふんと笑ってみせる。そして、ノアの言葉に感化されたのか、彼もまた自分の気持ちを吐き出してきた。


「オレも、一度だけなら側女殿の望むようにしてやりたいと思う。

 城から脱出したいと言うのなら、隙を見て出る算段を立てよう。帰るかも分からない王を待ちたいというなら、ここに一時留めておくくらいはしてやれる。

 だが、それ以降の事まで面倒は見られない」


 カールは物憂げに顎を上げる。彼の視線の先の視聴板には、1階の役所フロアが俯瞰ふかんで映っていた。


 襲撃犯だろう。黒ずくめ達が五人程と、魔術師らしきフードを被った小柄な人物、そしてプレートアーマーで身を固めた中年男性がいる。指示を出す素振りをしている所を見ると、中年男性が襲撃のリーダーだろうか。


「………城内に、父らしき姿がある。

 今回の作戦、オレは何も聞かされていないが………アロイス殿下が来城されるのなら出迎えの支度をする必要があるし、王が戻るのなら籠城か撤退かを考えなければならない」


 不満そうにぼやくカールのげんで、ノアはハッとした。今更ながらに、ギースベルト派内の彼の立ち位置を察する。


(…ああ。この人は、本当に何も聞かされていないんだ…)


 城を襲撃する計画など、城内外問わずに協力者は多いに越した事はなかったはずだ。

 しかし実際は、本物のアロイスが城にいる事も、襲撃犯の主たる目的がアロイスの確保である事も、カールには知らせていないのだ。


 リーファの保護を求めたカールに不信の念を抱いたか。彼の実直な性格から計画に組み込む事は難しいと判断したか。

 何にせよ彼は、蚊帳の外に追いやられている自覚がないまま、ギースベルト公爵家に忠義を示そうとしているのだ。


「さあ答えてくれ、側女殿。貴女はどうしたい?」


 決断を迫るカールの面持ちは、リーファの城外脱出を切に望んでいたが。

 リーファはかぶりを振り、彼の希望を静かに拒絶した。


「………ごめんなさい、カールさん。

 私は、黒ずくめの人達からお城を守りたいと思っています。

 陛下が戻ってきた時にちゃんと出迎えたいですし、傷ついて倒れている人達を出来る限り救ってあげたいんです」


 予感はあった。

 彼女がはなから城を出るつもりだったなら、黒ずくめ達の襲撃を受ける前に避難すれば良いだけなのだから。


 襲撃に抵抗するばかりではなく、怪我人も救いたいなどと珍しく大きな事を言っているが、誰彼無しに守ろうとする優しさは、如何いかにもリーファらしかった。


「あれは…さすがに全員死んでいるだろう。

 襲撃犯の目的が貴女だとしても、彼らは城を守るという務めを全うしたんだ。貴女が気に病む必要はない」

「カールさんには死んでいるように見えるかもしれませんが…私には、そうは見えないんです。

 まだ助けられるかもしれないから、私に出来る事をしたいんです」


 視聴板の遠景では、倒れた兵士達の生死の判別は難しかった。

 だが、視聴板を仰いだリーファの瑪瑙めのう色の瞳は、彼らの生存を疑いもしていなかった。

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