第41話 余談・心垂れ流されて
───ああ。つくづく、自分は鈍い男なのだと思わせられる。
『あ、アラン様がお仕事してる所見るの、好きで。格好、いいなって、思ってて…』
『国の為に真面目に取り組んで下さるアラン様が王様で、本当に良かったなって思ってましたし…』
年末の小島での一幕。
他愛ない会話に紛れ込ませた不意打ちに、思いっきり頭を打ち付けられたのを覚えている。
礼賛や感謝の言葉ならもっと早く言うべきだろう、と罵る気すら起こらず、一気に押し寄せてきた別の感情に呑まれてしまったのだ。
ああ、私のリーファは、何故こんなに健気なのだろうか───と。
健気だと思う所は、以前から全くなかった訳ではない。側に
あんなに自分を見てくれていたなど、考えもしなかったのだ。
笑いが止まらなかった。嬉しくてたまらなかった。比喩抜きで悶死しそうだった。
顔を真っ赤にしながらも語りを止めないその姿に、愛おしさが爆発した。
同時に湧きあがった劣情を、テーブルに向けた拳一つで押し留めたのだから、まあまあ頑張った方だろう。
それからというもの、リーファの所作一つ一つが愛おしくてたまらない。
笑って、怒って、照れて、呆れて───リーファの感情全てが、欲しくてたまらない。
城に滞在する老若男女全てに、リーファの良さを分からせたい。
何だったら、礼拝堂で神父に懺悔しても良いかもしれない。『私の側女が可愛すぎるのですが、どうしたらよいでしょうか』と。
公務など放り出して、リーファを思う様構い倒したいと思う時だってある。というか、常時思っている。
しかし、自分を王として認め、日々
ああ、気が
リーファ、早く扉のノックしておくれ。
そして扉を開けて、天使のような
日を浴びて咲き誇るオキザリスのようなリーファ。
その全てが待ち遠しくて、自分の心は
お願いだ。早く、早く、早く───
◇◇◇
ラッフレナンド城2階、執務室。
部屋にいるのは、執務机にいるアランと、スクエアテーブルにいるヘルムートと訪問販売に来たリャナだ。リーファとシェリーは、ティータイムの支度の為に席を外していた。
「………こんな事、本当に考えてるの………?」
背もたれ椅子に寄りかかって目を休めているアランを盗み見ながら、青い顔のヘルムートが声を潜めつつ隣にいるリャナに訊ねてきた。
リャナは、成人男性の手のひらよりも一回り程度大きい金属板を持っていた。背面にはカメラが内蔵されており、これを向けた先にある光景が表のディスプレイの上半分に映像として表示される。
現在ディスプレイに表示されているのは、目を伏してぼんやりしているアランの横顔だ。書類との睨めっこでお疲れらしく、こちらがカメラを向けている事に気付いていない。
ヘルムートが渋い顔をしているのは、ディスプレイに表示されている下半分の文章だった。
先程から、ポエムが交じったの愛の言葉が垂れ流され続けているのだ。
しっとりと自分の鈍感さを痛感する所から始まったかと思えば、年末に打ち明けられたリーファの胸三寸ですっかりメロメロになった事を吐露している。
そこからはもう、『愛おしい』だの『構いたい』だの『声が聞きたい』だのと、愛情を訴える文言のオンパレードだ。
この金属板に表示される内容としてはさほど珍しくない。しかしアラン当人が全く顔色を変えないものだから、文章の鬱陶しさが拍車をかけており、もはやホラーの域だ。怖い。
こうした物に馴染みがなくても、ここまで分かりやすいと察しはつくだろう。
この
言わずもがな、今”よみタブ”に表示されている文章は、アランの胸中という事になる。
リーファが席を外している状況でこの有様だと考えると、アランがどれ程リーファに重い感情を持っているかという事が分かるというものだ。超怖い。
「詳しい仕組みはよく分かんないんだけどね。色で感情を
文脈とか言い方とかはどうしても誤差が出るみたいだけど…まあまあ、ほどほどに、考えてる事は合ってるらしいよ」
若干誇張して酷な現実を伝えると、隣で”よみタブ”を見ていたヘルムートはがっくりと肩を落とした。プルプルとその身を震わせ、悲しそうに辛そうに
「こんなの、僕が知ってるアランじゃない…」
「ぷぷぷ、解釈違い起こしてるね。ドンマイ」
購入済みの”夢魔のモノクル”よりも分かりやすいものを───というヘルムートのリクエストを受けて持ってきたのがコレだった。
ヘルムートとしては、アランに起こった心境の変化の正体を知りたかっただけだったのだろう。
しかしフタを開けてみたら、アランの脳内はお花畑全開、手遅れと言ってもおかしくない有り様。
夢魔の目でアランの変わりようを知ったリャナさえ、顔をしかめた位だ。ヘルムートの衝撃はそれ以上と見ていいだろう。
───コンコンッ
”よみタブ”の購入はないな、とリャナは直感で判断し、電源を落とそうかと考えていると、執務室の扉がノックされた。
「失礼致します」
一言断りを入れて入室したのは、リーファとシェリーだった。リーファが先行して、シェリーがワゴンを押して入ってくる。
ニコニコ顔のリーファは、アランの前まで来て一礼し、ワゴンに乗ったパイに手を向けた。
「アラン様、お待たせしました。今日のおやつは、ケーニヒスクーヘンです。
年始のお祭り時に振る舞われるお菓子でして、ドライフルーツをふんだんに盛り込んでいます」
紹介している菓子は、高さがあるパイ生地に包まれるようにスポンジケーキが敷き詰められており、格子が組まれた上面ははち切れんばかりに膨らんでいる。刻んだアーモンドと粉砂糖が散らされていて、ふんわりと広がる甘い香りに思わず生唾を飲み込んでしまう。
「…私の口に合う出来なのだろうな?」
「ええ、会心の出来だと思いますっ」
リーファが自信満々に言い切ったその瞬間、アランを映していた”よみタブ”の上半分が非表示になった。
より強い感情を検知すると、ディスプレイいっぱいに文章が表示される機能がある、とは聞いていたが───
『は??超可愛い』
アランの真顔を検知して出てきた文章は、何故かキレていた。
「プッ───アッハハハハハハッ!」
リャナはとうとう堪えきれなくなって噴き出してしまった。国の明日を決定する荘厳で静謐な執務室に、陽気な少女の笑い声が響き渡る。
「こ…っ、こんなの嘘だ!不良品だよ!絶対壊れてる!僕は認めないからね!?」
「ヒーハハハハハ───」
いつの間にか覗き込んでいたヘルムートが、いきり立って”よみタブ”に文句をつけ始めた。
リャナから”よみタブ”を奪い、表示を切り替えようとをディスプレイを叩くも、相変わらず『この愛らしさ、神か。死神だったわ』とか『笑顔だけでときめき萌え殺しに来るとはさすがグリムリーパーか』など、冗談のような煩わしい文章を吐き続けている。
それが一層笑いを誘い、リャナはバシンバシンとソファを叩いて笑い転げた。
「………あの二人、仲良しですねえ………」
「兄妹のような…などとは言うなよ?」
「いえ、そうは言いませんけど………でも、お友達感があるというか…似た者同士なのかなって思う時はありますね…」
そんなテーブル側の混沌とした光景を、リーファとアランが奇妙なものを見たかのような顔で眺めていた。
瞳に涙が浮かぶ程笑ったリャナは、やっぱこの”よみタブ”壊れているかもしれない───とちょっとだけ思ったのだった。
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