Ⅴ.

第二十二章 魂達の宿借り行脚

第1話 懸念は日常の合間に・1

 新年の行事が一通り片付いた今頃になると、通常業務のみの日々が続いていく。

 常日頃公務で忙しい王も、ほんの少し余裕がある時期だ。


 こういう時に、急ぎではないけどしておかなければならない問題、というものに手をつけなければならない。


「リーファ」


 腰まで伸びた波打つ金髪と藍の瞳を持つ美貌の王アラン=ラッフレナンドは、紅茶の支度を進めている側女のリーファに声をかける。


 茜色の髪をハーフアップでまとめ上げ、幼さが抜けきらない瑪瑙色の双眸を持つ女性リーファは、ワゴンからすぐさま顔を上げた。横にいたメイド長シェリーに支度を頼み、紺色のワンピースのスカートをふわりと靡かせ、執務机へ近づく。


「はい、アラン様」

「今度一件、見合いを行う事になった。これが見合い相手だ」


 首を垂れたリーファに、アランは見合い相手のプロフィールが書かれた冊子を寄越してきた。恭しく受け取り、冊子の内容を確認する。


 相手は、ラッフレナンド領南にある町の町長の娘らしい。

 妾に生ませた子のようだが、大学まで行かせており学識は備えているようだ。最後のページには、品がある黒髪女性の似顔絵が描かれていた。リーファよりは年上だ。


「綺麗な方ですね。…とても聡明な方に見えます」

「…お前の実直な意見が聞きたいんだが?」


 アランが首を傾げると、肩にかかっていた波打つ金髪がはらりと落ちて行った。闇夜に似た藍の瞳が、どこか試すようにリーファを見上げている。


 その言葉の意味を理解出来ない程、リーファも馬鹿ではない。改めて冊子をめくり、下調べをした調査員の所感に目を通す。


 どうやら学生時代に揉め事があったようだ。仔細は書かれていないが、町長がその権限を使って収めたようで、町長に対する不平不満が町人から出ているらしい。


「そうですね………仲良く出来るか、ちょっと不安です…でも」

「会ってみなければ分からん、な」


 目を細め、どこか前向きに笑うアランを見下ろし、リーファの顔が綻んだ。


「ええ。素敵な方だといいですね」

「ああ」


 今まで見合いを拒み続けていたのが嘘のようだ。

 自分を想って考えてくれている事がちゃんと伝わってきて、リーファは胸が熱くなった。


(今度は良い縁談になるといいな…)


 次の見合いに期待を膨らませていたら、ソファで見ていた従者のヘルムートが不満そうに唇を尖らせた。


「…なんか、納得いかない」


 リーファが顔を向けると、ちょうどシェリーがヘルムートのいるテーブルにイチゴのショコラタルトを配している所だった。


「何がですか?」

「僕が今まで、口を酸ーっぱくして見合い話を振った時はすっごい嫌そうだったのに。

 何でリーファには甘いんだ」


 アランの異母兄にあたるヘルムートだが、こうしてふくれっ面をしている彼を見ているとそれを忘れてしまう事がリーファにはあった。

 ラッフレナンド王家の血筋の者に見られる藍色の双眸はアランのそれと良く似ているが、品のある亜麻色の短い髪は彼の穏やかな性格を反映しているかのようだ。


 やきもちにも聞こえるヘルムートの愚痴に、シェリーが口を挟む。


「今自分で理由を仰ったではありませんか。口を酸っぱくしたから、でしょう?」

「だって、そう言わないとアラン聞いてくれないじゃないか」

「身内からの言葉は、耳に痛いものですわ」


 シェリーはそう説いてみせるが、ヘルムートのぶすっとした表情は解けない。


 確かに見合いに積極的となった出来事は、本当に些細なものだった。

 王として認められ、求められている───という認識。


 その認識を得ようと思ったきっかけが、アランに対するリーファの個人的な感想だったのだから、やる気が起こる物事は人それぞれなのだと思わされる。


「別に、リーファだから甘い、と言う訳ではないさ」


 アランは戻ってきた冊子を受け取りつつ、突拍子もない提案をヘルムートに持ちかけた。


「そうだ、ヘルムート。お前も、私の良し悪しを語るといい」

「は、はあ?」

「私が王の務めを始めてから今までにかけて。あるいは、もっと前からでもいい。

 お前が私に感じたものを吐き出せ。

 それで私の心に触れるものがあるやもしれんだろう?」

「…う~~~ん…?」


 いきなりの無茶振りだが、答えるつもりはあるようだ。ヘルムートは腕を組んで考え込んでいる。


「…いい年して面倒臭い事を…」

「年齢など関係あるか。目的の為、意欲を維持し続ける原動力は必要だ。

 言葉一つでやる気が出るなら、むしろ安いものだろう?」


 シェリーのぼやきにアランがそう反論すると、彼女は肩を竦めてワゴンへと戻って行った。


 やがて、考え込んでいたヘルムートがぽつりぽつりと言っていく。


「…我が儘、言う事を聞かない、思いやりが足りない、せっかち、乱暴、横暴、計画性がない───」


 ”良し悪し”とは言っていたが、出てきたのは”悪し”の部分ばかりだ。最初はうなずきながら聞いていたアランも、徐々に顔が渋くなっていった。


「…悪口しか出てこないのか。一気にやる気が削げたぞ。やはり退位してしまおうか」

「こ、こっちは今まで散々振り回されてるんだからね?だったら、アランも僕の事言って見せてよ」

「…ふむ」


 アランは相槌を打ち、腕を組んでしばし虚空を仰いだ。

 返答に時間がかかるだろうか、と思ったが、案外早く唇は動いた。


「…感謝している」

「ん?」

「私の足りない所を補ってくれてありがたい。

 嫁との時間を作ってやれなくて申し訳ないと思っている。

 柔和な性格は見習いたいと思っている。

 口うるさいが、良い兄を持ったと思っている───」

「ちょ、ちょ、ちょ」


 畳み掛けるように出てきた殺し文句に、ヘルムートが慌てて待ったをかけた。

 言い足りない様子のアランが口を閉じるのを確認して、ヘルムートは噛み締めるように先の言葉を思い返していた。


 しばらく目を閉じてうなずいていたが、


「ごめ………あの、なんか、ちょ、キャパオーバー………むりぃ…」


 どうやら思ったよりも効果があったらしい。ヘルムートは真っ赤になった顔を、そっと両手で覆ってしまった。


「ふふん、今日はこんなものにしておいてやるか」


 もしかしたら、一度言ってみたかったのかもしれない。言い切ったアランも若干照れてはいたが、同時に達成感のようなものが透けて見えた。

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